小説 | ナノ
パパディ
※異説後810『蒼天』シリーズです。




 **パパディ**




 カレンダーに○がしてある。
ティーダはそれを瞳を瞬かせて、見つめた。

「……」

そして、首を傾げる。
コチョコボがそれを見て、一緒に首を傾げた。

ベッドの上に座って書類を確認していたスコールが資料から顔を上げたとき、ティーダはじっとカレンダーを見つめていた。

「…ティーダ?」

何をしているんだろうか、とスコールは首を傾げているティーダを呼んだ。
ティーダは、ぱ、と振り返ると顔を輝かせて走ってきた。

「スコールー」

その勢いのまま、ティーダはスコールに飛びついた。コチョコボがくるり、と目を回す。
先程まで構って上げられなかった所為なのか、ティーダはスコールの腕の中で擦り寄ってくる。それが可愛くて、スコールは口もとを緩めた。

「お仕事終わったの??」
「…仕事、というか資料の確認だからな。もう、終わった」
「そっかー」

ティーダは嬉しそうに、にこり、と笑う。
スコールもそれに微笑み、ティーダを抱く手に力を込めてやった。

そうしてティーダの感触を楽しんでいたスコールだが、先程の疑問を思い出す。

「そういえば、ティーダ」
「何?」

腕の中で、ティーダが海色の瞳を上げる。その瞳はきらきらとしていた。

「さっき、何を見ていたんだ?カレンダーをじっと見ていて」
「あ!」

ティーダも思い出したのか、あのね、とスコールの服を引っ張る。

「カレンダーに赤い色で○してあるんだよ?あれって、何??」
「クエー」

コチョコボが羽をばたばたさせ、首を傾げる。

「カレンダーに?」

スコールは眉根を寄せた。

基本的にスコールはスケジュールを頭の中で管理するタイプだ。
カレンダーなどに書き込んだりすることはない。

(誰か伝言でも書いていったのか?)

スコールはティーダを抱いたまま、壁に掛けられているカレンダーへと歩み寄った。

白と黒のシンプルなカレンダーの中に、赤の彩があった。
それを覗き込む。

「……」

スコールは肩眉を上げ、それが何なのかを一気に把握した。

「…別になんでもない」

スコールはそう言うと、ティーダを抱きしめたままベッドへと踵を返した。

「えー?スコール嘘ついたー!!これ、ええと、『待ってるね』って書いてあるよ??」
「……」

ティーダがスコールの肩を叩き、カレンダーを指で指す。
そして、頬を膨らませた。

「……」

スコールは溜息をついた。

他の奴ならば、知らないで通したが…。ティーダはそういうわけにはいかない。

拗ねる姿も好きだが、…なにより拗ねて他の人(特にアーヴァイン)にいってしまうのは、気に食わないのだ。

「…その日は、『父の日』だ」
「父の日??」

ティーダが頭に疑問符を浮かべて、ぱちり、と瞳を瞬かせる。

「まぁ、父親にいつもありがとう、と感謝の気持ちを表す日だな」

このカレンダーのど派手な赤の○とメッセージは、ラグナが書いたのだろう。
彼の筆跡だということが、すぐにわかった。

(…いつ書いたんだ)

神出鬼没のラグナのことだから、自分のスケジュールを何処からか把握して、こっそりと仕込んだのだろう。
スコールはもう一度、溜息をついた。

「ふぅん…」
「ティーダは知らないのか?」

常識的なことを、どうやら知らなかった様子のティーダに、スコールは訊ねる。

「…うん、知らない」

ぱ、とティーダは微笑んだ。

「俺の親父、もう知らないうちにどっかいっちゃった」

ティーダがゆっくりと、瞳を伏せた。

スコールの脳裏に、異世界で出合った彼の父、ジェクトを思い出す。
ティーダの討つべき相手であった、ジェクト。
ティーダとジェクトは、親子のやりとりも乏しいまま、別れを迎えてしまった。

「ありがとうなんて、面と向かって言ったこと無かった」

ティーダの手に、小さく力がこもったのがわかった。コチョコボが心配そうに、見上げてくる。

「…そうか」

スコールはティーダの蜂蜜色の髪に手を差し込み、その頭を自分の胸に押し付けた。

きっと、最後の場面でも思い出しているのだろう。彼の父は、乱暴だったが愛情に溢れた親だった。
少し間、そのままの体勢で居る。

しばらくすると、ティーダがゆっくりと顔を上げた。

「…スコールは」
「何だ?」
「お父さんに、ありがとう、するの?」
「……」

まさか自分にその話題が振られるとは思わなかった。スコールは一瞬面食らった顔をした。

「…しない」
「何で??」

ティーダはすい、と顔を近づけてきた。真っ直ぐなその視線は、逃げることを許さない意志を宿している。

「…いまさら、恥ずかしいだろう」

ちょっと照れくさそうに、視線を外しながらスコールはぼそり、とそう言った。

「恥ずかしくないよ」
「クエ」

ティーダとコチョコボはふるる、と首を振った。

「17年経ってから再会して親子だ、といわれてもな。…まだ、どうしたらいいかわからないんだ」

はあ、とスコールは息を吐いた。

父親であるラグナと出会ったのは、目まぐるしく世界を巻き込んだ魔女との戦いの最中だった。
自分はSeeDとして戦いに赴き、ラグナはサポートに回っていてお互いに話す暇も無く、戦いが終わる。
魔女の戦いが終わると同時に、スコールはバラムガーデンの修復へ、ラグナはエスタへの政治へと戻っていった。

エスタに訪問する機会もあり、顔を合わせることはしょっちゅうだったが、いまだふたりで親子の会話などしたことはない。

スコールは常にラグナを父親というよりも、一国の大統領として認識しているほうが強いのだ。

「…簡単ッスよ。さっき、スコールが教えてくれた!」

ティーダはスコールの顔へと、自分の顔を近づけて満面の笑みを浮かべる。

「『ありがとう』って言えばいいんだよ?」

ね?名案でしょう?という、こぼれんばかりの笑顔にスコールは瞳を瞬かせた。

「簡単に言ってくれるな…」
「簡単だもん」

スコールは肩を竦めて見せるが、ティーダはにこにこと笑みを崩さない。

「…俺はティーダと違って捻くれた性格だからな。素直になるのは…難しいんだ」
「…むー」

ティーダは頬を膨らませ、眉根を寄せる。コチョコボが小さく鳴いた。

「ひとりじゃ難しいの?」
「ああ」

ティーダはうんうんと唸り、しきりに首を捻っている。自分のために悩む姿を可愛いと思ってしまう。

「…だったらさ、」

ティーダはスコールの耳元に口を近づけた。
こしょ、と小さく秘密の話を囁いた。




 翌日、エスタの周辺のモンスター調査のため、バラムガーデンからスコールを班長とした班がエスタに到着する。
当然出迎えたのは、満面の笑みで両手を広げていたエスタ大統領、ラグナだった。

「いらっしゃーーーい!!」
「……普通に出迎えは出来ないのか」

ティーダの手を片手で引き、空いていた片手で額を覆ったスコール。

「さあ!スコール!!」
「するか!」

抱きついてこようとするラグナに、スコールは怒号を落とした。

「ええー?いつになったらハグしてくれるの??あ、その時はお父さんって呼んでね」

にこにこと笑うラグナに、スコールはぴくり、と眉を寄せた。そんなスコールに気にせずに、ラグナは視線を移した。

「おー、ティーダ!相変わらず小さいなー。そして、元気そうで何より」
「ラグナも元気ー?」
「クエ!」

ぶんぶん、とティーダが手を振る。コチョコボが横で、ティーダの動きを真似した。

「おう、元気元気!確かめるためのハグでもする…っ」
「調子に乗るな」

今にもティーダに飛びつきそうなラグナに、スコールは睨んだ目を向けた。

「さっさと調査する。案内しろ」
「もー…スコールってば仕事熱心すぎて、お父さんは心配です」

ラグナは肩を竦めると、こっち、と言ってエアポートの出入り口へと向かって歩く。

「……」

小さく息を吐き出したスコールは、こちらを見上げるティーダと視線が合った。

「ラグナ」
「うん?」

ラグナは肩越しに振り返った。

「仕事の後、話したい事がある。時間はあるか?」
「……」

ラグナが変な顔のまま、固まった。

「…どうなんだ」
「へ・ああ!時間、ある!」

変な片言になってしまったが、ラグナは頷いた。

「…じゃあ、後でな」

そう言うと、スコールはティーダの手を引いて歩き出す。彼の後ろを、どうやら新米のSeeDたちが付いていった。
ラグナはぽかん、としたままその場に立ち尽くしていた。

そして、出入り口のゲートを潜った瞬間、「よっしゃあああああ!」、というラグナの声らしきものが響いてきた。

ティーダがスコールの繋いでいる手を、くい、と引いた。

「楽しみだね」

にっこり、とティーダは笑う。それに微笑を返し、スコールは顔を引き締めた。

「行くぞ」
「うん」
「クエ」

まずは、任務を完了しなければならない。
スコールはひとりのSeeDとなると、眩しい空を見上げた。




 スコールたちが調査をしている一方、ラグナは大量の書類に埋もれていた。

大統領の仕事には慣れない。
ラグナは毎回、そう思った。

「はぁ…終わった」
「やれば出来るじゃないか、ラグナくん」

机の上に突っ伏したラグナの横で、キロスが書類をそろえながら労いのことばを掛けた。

「うるせー」

じろ、と机の上に顔を乗せたままキロスを睨むが、彼は笑みを浮かべただけだった。

「俺だってなー…」

ラグナがいきり立って話し出そうとしたとき、ドアをノックする音がそれを遮った。ラグナが返答するよりも早く、キロスが入ってもいいと言う許可を出す。

「失礼します」

綺麗な礼とともに入ってきたのは、スコールとティーダだった。コチョコボがSeeDばりの敬礼を見せている。

「やあ、スコールくん。ティーダも」
「お久しぶりです、キロスさん」
「キロスー」

スコールが軽く会釈する横で、ティーダがぶんぶんと手を振った。

「もう調査は終わったのかね?」
「はい。データ類はオダイン博士に渡してきました」
「さすが、バラムガーデンのSeeDは対応が早くて助かる」
「ありがとうござい…」
「こらーー!キロスばっかりスコールと喋るな!!」

ラグナがキロスとスコールの間に割って入る。

「わかったわかった。私はこの書類を持っていくとするよ。ごゆっくり、スコールくん」

キロスはそう言うと、さっさと大統領室を出て行った。またねー、とティーダがキロスを送り出している声が聞こえた。

「…まったく」

ラグナは腕を組み、息を吐く。

「…で、スコール?何か用事??」

ラグナがにこにことしながら、スコールの前へと来る。

「…用、というか。今朝言っただろう、仕事の後に話したいことがある、と」
「あ、ああ」

ラグナが思い出したように、手をポン、と打った。

「……」

スコールは言いにくそうに、視線を横に逸らした。ティーダが、スコールの服をくい、と引っ張る。
海色の瞳が、頑張れ、と告げてきた。
ひとつ息を吸い、覚悟を決めたように口を開いた。

「…これ、」

スコールが持っていた包みを、ラグナの前へと出した。それは綺麗に包装され、シンプルなリボンもつけてある。
ラグナは瞳を瞬かせている。

「…何?」

ラグナが優しく、スコールに訊ねた。

「…やる」

ずい、とスコールはラグナの前に包みを突きつけた。

「…え?それ、って」
「…早く受け取れ」

ラグナの顔に、笑みが滲み出てくる。スコールは反対に、気まずそうに、それで居て恥ずかしそうな表情をしていた。

「スコールぅーー」
「要るのか、要らないのか!!」
「あ、要ります!!要ります、絶対に要ります!!!」

がば、と抱きつきそうなラグナに、スコールは声を張り上げてそれを牽制した。ラグナは慌ててスコールから包みを受け取った。

「それねぇ、ティーダの分も一緒に入れてもらったの」

ティーダがスコールの腰に抱きつきながら、微笑んだ。

「ティーダも?俺に??」
「うん。ティーダもお父さんの日ってしたことないから、スコールと一緒にしようって言ったらね?いいって言ってくれたんだよ」
「クエ!!」

ね?とティーダはスコールを見上げた。スコールは照れくさそうに、少し頬を染めながら、小さく頷いた。

「…それを、渡したかっただけだ」

スコールはそう言うと、くるり、と背中を向けた。

「スコールぅ!!お父さん、お父さんは嬉しいよーーー」
「引っ付くな!」

後ろから抱き付いてきたラグナに、スコールは怒鳴った。ティーダはにこにことふたりを見ている。

「ティーダ!お父さんは最高の息子と娘が居て幸せだっ!」
「ティーダに抱きつくな!…娘?」

ティーダを掬うように抱き上げ、ラグナのハグを回避したスコールがはた、と思考を止めた。

「え?だって、ティーダはスコールのお嫁さんになるんだろう?」
「〜〜〜っ、馬鹿か!ティーダ、バラムに帰るぞ」
「うん」

スコールがティーダを抱いたまま、くるり、と背を向ける。

「…スコール」

ラグナが息子の背中に、優しく声を掛けた。
スコールが少しだけ、肩越しにこちらを向く。

「ありがとうね」

ラグナは満面の笑顔で、そう言った。

「…こっち、こそ」

スコールは足を踏み出した。コチョコボが羽をぱたぱたさせて、足下を走り回っている。


「…ありがとう。―父さん」


ドアを開きながら、スコールがそう言ったのが聞こえた。

ラグナは瞳を見開く。
驚きで、一瞬、今の状況が理解できなかった。

「間抜けな顔だぞ、ラグナ」
「ラグナの顔、面白い」

スコールが小さく笑うと、扉の向こうに体を滑り込ませる。笑みを浮かべたティーダが手を小さく振って、バイバイと言っていた。

「……」

ラグナは小さく微笑んだ。
椅子に座り、貰った包みを丁寧に開けた。

包みの中から、シンプルな銀のブレスレットが出てきた。

「…このお守りさえあれば、最強だな」

ラグナはこの日から、一生を終える日までこれと一緒にいるんだろうな、と思った。

最愛のふたりの子どもからの、最高の贈り物なのだから。


扉を閉めて、廊下を少し進んだ瞬間、大統領室から再び雄叫びのような歓喜の悲鳴が響いた。
それを聞いたふたりは、顔を見合わせて笑いあった。

「よかったねぇ」

ティーダがスコールの首に抱きつきながら、嬉しそうにそう言った。

「…ああ」

あれだけ恥ずかしくて嫌だったのに、いまのスコールの心はすっきりとしていた。
父親と少し距離が縮まったような気がして、どこか嬉しく思った。

(時間はかかるかもしれないが…きっと、)

「ティーダ」
「なに?」

スコールに呼ばれて、ティーダが嬉しそうに返事をする。

「バラムに帰ったら、海に行くか」
「うん!」

あの、煌く海が見たいと思った。
太陽が眩しいくらいに輝き、あの清々しい海で。

この、晴れ晴れとした気持ちで過ごすのも悪くない。

そう、心が思っていた。




終。

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無花果様より頂きました!
スコールとティーダの父の日話です!
無花果様ありがとうございます!
可愛いスコールとティーダが見たくて、リクエストしたのですがもう本当に見事にどストライクなお話でしたよ!
照れちゃうスコールとか、父の日を祝いたいと思ったティーダ可愛い……!!
ラグナが幸せそうにしているのが堪らなく好きなので本当にもう涎ものでした!
ひゃっほい!私、幸せですよーぅ!

bkm
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