小説 | ナノ
絶望とはなんぞや
口のなかに広がる血の味に、壁にぶつけられた時に切ったのだと分かった。
びゅっと血が混じった唾を外に吐き出し、歪む視界で前を見据える。
額から垂れる血が目に入りそうで拭いたいのだが……そんな暇は与えてくれなさそうだ。
疲弊した体と頭。
加えて腹も空いているからなおのこと頭は働かない。
けど今の自分が置かれている状況がヤバイのは分かっている。
連戦を続けてきて、仲間とはぐれて、そして出会ってしまった英雄。
マジか。勘弁してくれよと思ったが、英雄はこんなときに限ってやる気らしく見逃してはくれなかった。
クラウド以外は結構興味ないからスルーだったりするのにさ、どうして今日は駄目なんだよ。
そう思っても英雄の攻撃のキレはムカつくくらいによくて、あっという間に俺はボロボロで敗北寸前だ。
これは真面目にヤバイかもしれない。どうにかとんずらしたいけど、英雄を振り切る体力もない。

「くっ……そ……」
「どうした。随分と息が上がっているな」


英雄は俺を嘲笑うように、連撃を仕掛けてくる。
英雄の速くて重い一撃を俺はなんとかフラタニティで弾き、
とにかく距離をとりたいと弾いた瞬間に身を捻らせてブリッツボールを英雄に投げつけた。

ボールは意図も簡単に叩き伏せられたが、距離を取ることはできた。
でも戦っている所が月の渓谷だから逃げられない。
ある意味壁際に追い込まれたのかと思いながら、俺は肩で息を繰り返していた。

あー……今日の夕飯ってなんだろう。
これでもし、今日の夕飯がバッツの特製グラタンだったら死んでも死にきれない。
悔しくて化けてでちゃうかも。
そんなことを考えるけど、実際には本当に差し迫った状態だ。

英雄はにいっと笑うとムカつくくらいに綺麗に刀を構えた。

「……さて、絶望を贈ろうか」

そう言った英雄にまともな反応をできるほど、俺には体力は残ってなかった。
きっとこの一撃は避けられない。
ぐさりとやられて終わりか?
いやいや、そんなの絶対に嫌だ。
絶望なんて贈られてたまるか。俺は絶対に、今の状態に絶望したりしない。

そこまで考えて、はたと思った。
後から思えば、俺はそうとうに疲労で頭がイカれてたんだろう。
けど、その時の俺にそんなのはわかるわけない。

俺は構えていたフラタニティを下ろすと、こきりと首を傾げた。

「……そーいや絶望絶望ってよく言ってるけど具体的にどんなもんなんスか?」

英雄……いや、セフィロスはクラウドに付きまとってはしつこく『君に絶望をプレゼントしたいんだ☆』みたいな内容を言ってる。

けど、具体的に絶望を贈るってどんなものなんだ?
そもそも絶望って曖昧なだよな。
人って結構、絶望したとかいうけど実際には立ち直ってピンピンしてるし。

俺が口にした疑問は月の渓谷に落ちて、それを唯一聞き取った相手であるセフィロスは数秒黙ったと思ったら刀を下ろした。

「お前は絶望がなんだかわからないというのか?」
「わかんないッスねぇ。今までの絶望したーとかあんまりないかも。あ、この前ジタンにデザート横取りされたのはショックだったかも」
「……絶望とショックは違う」


嫌そうに歪められたセフィロスの顔を見てから俺は、『そっか』と言って額から垂れる血をぐいっと拭った。

「なあ。疲れたから座ってもいいか?」
「好きにしろ」

あっさりとした返答に、俺はどっこいせと腰を下ろした。
身体中がズキズキと痛いけど、今はポーションとかないからどうしようもない。

イミテーションと遭遇したらダッシュで逃げるしかないなと思いながらぼんやりしていたら向こうからセフィロスが近づいてきた。
刀はとっくに収められてて、戦いは一旦は終わったらしいと俺は息をはいた。
まあ、一休みしたら再開かもしんないけど、それはそん時考えよう。
そんな風に思いながらセフィロスを見ていたら、セフィロスは俺の隣に腰を下ろした。
こんなに近くに来るとは思わなかったから、ちょっと驚いたけどその驚きを顔に出すほど俺には元気は残っていなかった。

俺はセフィロスを見つめながら、『休憩ッスか?』と聞いたが、返ってきた返答は別のものだった。

「絶望は死に至る病だ」
「……はあ?」
「地位の喪失や親い者の死に人は絶望を感じ、そして死に向かう」
「……わかんね」
「……自殺を考えるいうになると言えば分かるか?」
「あー……なるほど」

セフィロスの丁寧な講釈に俺は頷くが、ふと引っ掛かりを覚えた。
別にそれに絶望を感じたりしない人間だっているだろ。
それに自殺って絶望なのか?

「なあ……別に仲がいい人が死んでも絶望じゃないだろ。俺はちゃんと立ち直ったぞ」

親父がいなくなって、母さんが死んでも、俺は自殺なんて考えずにちゃんと大きくなった。
スピラに行って、ザナルカンドエイブスのエースではなくなったけど、俺は変わらずブリッツをした。

だいぶ俺の過去の説明を省いた言葉だったけど、セフィロスは『人それぞれだろう』というと俺の額をぐいっと拭った。
セフィロスの長い指には血がついていて、どうやらまだ血は止まっていないということが分かる。

「酷い有様だな」
「誰せいだと思ってんスか」

溜息をつきながらそう言うが、セフィロスはもう何も言わなかった。
何も言わずに俺の額の傷を触って痛ませている。

……痛いっつーの。なにすんだよ。

「なあ、さっきのさあ」
「どれだ」
「絶望の話。あんたは絶望したことあんのか?」
「ないこともないな」
「どっちだよ」
「私はこうして今も立っている」

それって絶望寸前ていうやつか?
ようするに絶望を体験したことはないってことか?

「ないのに、クラウドにあんなに『絶望絶望』って言ってるんスか?」
「……今のお前に話すことではないな」

ケチと言って、俺はだらりと体から力を抜いた。
背中にある岩に体を預けるような形を取り、俺は本格的に疲れと怪我で動けないことを感じていた。
こうしていたら、誰か迎えに来てくれないかな。
そう思いながら、隣にいるセフィロスをちらりと見た。

傷の痛みと疲労とで気づかなかったけど、さっきからセフィロスは俺を穴があくくらいに見てる。
なんだよと思いながらも、俺は抗議する気力もなくてひたすらだれていた。

どれくらい経ったのだろうか。
時間としては数十分だと思う。
相変わらず隣に居続けたセフィロスがぽつりと言葉を漏らしたのだ。

「……わりと最近のことだが、これが絶望かと思ったことがあった」
「……へ?」

ぼんやりとしすぎてて、セフィロスがなんて言ったのか一瞬分からなかった。
どうやらまだ絶望談義が続いていたらしい。
いや、その話題を振ったのは俺なんだけどさ。

「親しい奴が突然に私の目の前からいなくなったのだ」
「……死んだんスか?」
「似たようなものだ。存在はしていたが、私のことを全て忘れていた」
「忘れられちゃったんスか。……なんで?」
「知らん。いつの間にか、そうなっていた」

セフィロスはそう言ったけど、表情はぴくりとも動かなかった。
忘れられちゃったなんて、可哀想だと思ったけど、セフィロスの過去のことだ的な雰囲気だったから何も言わなかった。

「腹が立ったから、消そうかと思った」
「ええ……?物騒ッスね。殺しても平気なのかよ?仲良かったんだろ?」
「あの者の中で私が存在しないというなら、あれは私の知る者ではない」

そう言ってにやっと笑ったセフィロスを、俺は不快に思った。
そんなん言われたってさ、困っちゃうだろ。そいつだって。

「でもさ、忘れたくて忘れたんじゃないかもしれないだろ」
「……ほお」
「それに、いつか思い出すかもだろ。殺しちゃったら、それもないじゃんか」
「希望を持てというのか?」
「あんたは『こうして今も立っている』んだろ?思い出してもらえるように、色々試してみても損はないッスよ。
絶望するんだって、やれることやってからでいいじゃんか。えーっと、『生きていたら、無限の可能性がきっとある』んスよ」

『誰が言ってたんだっけかなぁ』と付け足して、俺は一つあくびをした。
あーあ。眠い。
体も傷だらけで熱持ってきたみたいだし、このままじゃ俺、やばいんじゃないか?

そんな風に思っていたら、ふっと目の前が暗くなったのに気がついて半開きだった瞼を開けた。

目の前にはセフィロスの顔があって、軽く唇を吸われた。
それにびっくりして、僅かに口をあけた瞬間に、舌が入り込んできてこんどはねっとりと吸われる。

どういう状況だ。
どうしてこうなったと思うけど、反応するほど俺の体は元気じゃなくて、ただされるがままだ。

頭の中はぐるぐるするけど、そんなことすらもう疲れてて面倒で。
ゆっくりと離れていったセフィロスに、文句を言うこともどういうことだということもできなかった。

ああ、疲れた。眠い。腹減った。
とりあえず……舌を噛まれた訳でもないし、別にそんなに嫌でもなかったし、別にいいや。

「嫌がるかと思ったが……」
「疲れててそれど頃じゃないッス。……不思議とそんなに嫌でもなかったし」
「……なるほど。『無限の可能性』というのを信じる価値はありそうだ」

そう言ってセフィロスは初めておかしそうに笑った。
皮肉な笑みは見たことあったが、おかしそうに笑う姿に、俺は眠気が僅かに吹き飛ぶ。

なんだよ。ちゃんと人間ぽいところもあるんだな。
けれどその笑みはすぐに皮肉に満ちたものに変わり、もう終わりかよと思った。

「迎えが来たようだぞ」

そう言って俺の前から立ち上がったセフィロスは、剣を引き抜くと振り向き様に斬りつけた。
金属音が激しく響き、俺はなんだろうかと僅かに首をずらせば、セフィロスの前にクラウドが立っているのが見える。
さっきの音はクラウドの剣とセフィロスの剣が交わった音か。

なんだよ。びっくりさせるなよ。

そう思いながら、俺はずるずると岩に体を預け続けた。
クラウド……クラウドが迎えに来てくれたんなら、俺は皆のところへ帰れるよな?

そう思いながら、ホントにそれでいいんだっけとなぜか自問した。


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英雄10です。
設定としてはティーダが混沌の戦士の時にちょっとただならぬ関係だったっていう感じです。
無限の可能性が叶っちゃった話とかも書いてみたいかも。
bkm
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