小説 | ナノ
二文字の境界線2
食事を取って、包帯を替えて、泥のように眠る。
俺は次元城にある、混沌の戦士であるティーダの部屋からでることはできなくて、また、傷も深くて動けない。
いや、動くことは出来るのだ。ただ、戦えるほどに回復していない。
このまま外に出ても、ティーダが言うとおりに他の混沌の戦士に見つかるだけだ。

そうして戦闘になれば、俺は間違いなくやられるだろう。
それが分かるほどに、今の俺は疲弊していた。

しかし、ここにいれば安全だというティーダの言葉は信じるに値しない。
なにしろやつは混沌の戦士だ。
なんの思惑があって俺をこうして匿り、治療を施しているのか。


ティーダはこの部屋にやってきては他愛もない話しをした。
好きな食べ物の話や、面白かったという映画の話。

そんな些細なことを話すティーダに、こいつは過去の記憶があるのかと驚いき、羨ましい気持ちになる。
そう、どうやらティーダには元の世界の記憶があるらしかった。
そのことを本人に確認したわけじゃない。
なにしろ俺はティーダと会話をろくにしていないからだ。

混沌の戦士と話すことなど何もない。
俺がそう言っても、ティーダは一方的に話しかけてくる。
俺が返事をしようとしまいが関係なく。

俺はもはやただの壁で、そんな壁にティーダは気にもせず話しかける。
変なやつだ。
普通ならば何か反応しろとか、無視するなと怒るだろうに。

けれどティーダは気にした風もなく、ただ自分の話を続けた。
他愛もない、それこそティーダの確信に触れることはない、些細な話を。


「………あんた、何がしたいんだ?」
「お。スコールが話しかけるなんて珍しいッスね」

ティーダが作ったというリゾットを食べならが、俺はずっと疑問に思っていたことをもらした。
いい加減、俺も言葉を発しないと喉が声を忘れてしまいそうだったからだ。

けど俺はティーダのように元の世界の記憶はない。
他愛もない話も出来ないし、敵である混沌の戦士にそんな風に慣れ親しんだような話はしたくなかった。

「俺を助けて、あんたに何の利益があるんだ」
「スコールは利益を考えて人助けするんスか?」

その言葉に、俺は不快感を覚えた。
そんなことを混沌の戦士がいうなんてと、とても不快感を覚えたのだ。

混沌の戦士は秩序を乱す連中だ。
自分の欲のために、多くの人を犠牲にするやつらだ。

そんなやつ等に説教まがいのことなんていわれたくない。

「あんたは混沌の戦士だろう。なにか裏があるんじゃないのか?」
「……あー……うーん……」

困ったような顔で笑ったティーダに、俺はやはりそうなのかと疑惑を深めた。
なにか意図がなければ、コスモスの戦士を匿うことなどないだろう。

なんだ?なにが狙いだ?
俺がここにいることで……何が起こりえる?

「……俺は人質か?」
「え?人質?」
「それ以外になにが考えられる?俺を人質として、盾に取っているんじゃないか?」

コスモスの戦士は仲間意識が強く、正義心の塊といってもいい連中だ。
人質なんてとられ、武器を捨てろといわれたら素直に従うことを選ぶだろう。

自分がそんなことのために使われているとしたら……俺は目の前の混沌の戦士を許すことも出来ないし、俺自身も許すことは出来ない。

俺としてはほぼ確信に近いことだったのだが、目の前にいる混沌の戦士は酷く傷ついたような顔をした。
そして『そんなことはしない』と呟いて部屋を出て行った。

ティーダが消えた部屋で、俺は一人で膝の上に置かれているリゾットを皿が空になるまで口へ運んだ。
いまだに俺は、用意される食事が毒かもしれないと思いながら食べている。



□□□□□

ふらふらと外を歩けば、今日も誰かが戦っている騒音が聞こえた。
この音は誰だろうか。
派手な音だから、皇帝かもしれない。

そう思いながら、俺は次元城のてっぺんにいけば先客がいた。
先客といっても、ここに来るのはもっぱらがクジャだ。

クジャはぼんやりと遠くを見ていて、俺はそれに近づくと隣に腰を下ろした。

「やあ。拾ったライオンは懐いたかい?」
「ううん。無理じゃないっスか?別に懐かせる気もないっスよ」

スコールを部屋に連れ帰ったとき、たまたま俺の部屋にクジャがいて見つかってしまった。
クジャは怪我したスコールを物珍しそうに見たが、『誰にも言うなよ』と言えば、
『別にいいよ。君がなにを拾ってこようが僕には関係ない』とそう言って、ポーションを二つ持っていった。

口止め料かなと思ったけど、クジャが二つ持っていってしまったため、俺の持っているポーションはラスト一本となってしまった。
だから、スコールは全快することが出来ずにいまも俺の部屋にいるのだ。

「知っているかい?今日もまたコスモスの戦士が一人倒れたらしいよ」
「ふーん……誰がっスか?」
「エクスデスが相手していたやつだよ」
「……そうッスか」
「召喚士の女の子はまだ大丈夫みたいだね。けど、時間の問題さ」

クジャの言葉に、俺は打ちのめされたような気持ちになる。
これで何度目だろうか。
俺はあと何度、ユウナが倒れる姿を見なくちゃいけないんだろうか。

コスモス側は何度も負けて、そして復活する。
混沌側が勝ったとしてもこの戦いは終わらないのだ。

ああ、早くコスモスの側が勝てばいいのに。
俺ももう、親父を倒し続けるのに飽きちまったよ。

「早く終わらないッスかね」
「終わるよ。コスモスの戦士たちはもう数えるほどしかいない」
「いや、今回の戦いじゃなくてさ。この神の代理戦争自体がさ」
「終わって欲しいのかい?終わったら君はまた消滅だよ?」

クジャのはっきりした物言いに、俺は困ったように笑うしか出来なかった。
まあ、そうなんだけどさ。
クジャの言うとおりで、俺はこの世界で混沌側にいられるからこそ生きていられるんだ。
親父達が完全勝利したら、この世界は消えうせて……そして俺も親父もまた消えるんだ。

親父が生きていられるなら、俺が生きていられるなら、ならばこの戦いが永遠に続いたほうがいいんだろう。
けど、親父はコスモス側だから毎度記憶の浄化を受ける。

俺と毎度戦って負けてることを忘れて、親父はいつも俺を見て驚いて、怒って、そして本気で戦わないんだ。
俺は本気だよ。だって、混沌側が負けたら世界が終わりだからな。
そしたら俺も親父も終わりだ。
俺はそれを知っているから全力でやる。けど、親父は知らないから親心がでちまってるのか、俺にいつだって負けるんだ。

馬鹿じゃないのか。
誰がって、俺が?

終わらせたいとか言ってるくせに、俺は俺が消えるのを拒んでる。
ながーく混沌の戦士をやってるから、元の世界の記憶とか、自分がどうなっちゃうとか思い出して。
そしたら何にも知らない頃のようには振舞えなくなった。
俺は親父以外のコスモスの戦士と戦うこともやめ、ユウナがいつ倒れてしまうかと不安になりながら日々を過ごす。

どうしてやることもできない。
だって俺は混沌側で、彼女はコスモス側だ。
コスモスの戦士だなんて、自分を犠牲にしてまで皆を、世界を守ろうとした彼女らしい。

そして俺は……全くもって、混沌の戦士にふさわしい。
自分の背負った業と罪は、小さいものでなくて。
どの混沌の戦士にもひけをとらないものだろう。

遠くで大きな爆発が起こった。
あれは皇帝の隕石だな。

直撃かな。
そしたら、また一人コスモスの戦士が倒れたのか。

ああ、この戦いもすぐに終わるだろう。
スコールも早く体を治さないと、帰る場所に仲間がいなくなっちゃうッスよ。

bkm
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