※タイトルからもろばれですが、ノクティスが捏造で出ています。
この世界で仲間が消えていくのをティーダは何度も見た。消えていく仲間は良い奴も悪い奴もどちらだっていたけど、割合としては良い奴のほうがいなくなる確率は高かった。けど良い奴だろうと、悪い奴だろうと交流があればそれなりに情も湧く。いなくなれば、どちらであっても寂しかった。
だからいっそのこともう誰も来なければいいと、ティーダはそんな風に思う。カオス陣営の優位は揺らがないのだからもうメンバーは今のままでいいじゃないかと思うのだ。
(あーあ。まーたッスか。最近は新入りが多いッスね。)
ティーダはカオス神殿の中で強い揺らぎが生まれているのに気づいて足を止めた。雨宿りのためにカオス神殿に入り、そのまま雨が止んでもダラダラしていたのが不味かった。さっさと行ってしまえば良かったとティーダは頭を掻いてどっかりと階段に腰を下ろした。
眼下ではぐらぐらと黒い光が揺らめいている。それは新たな戦士が召喚された時の特有の光だった。その光を見つめながら、ティーダは鬱々とした気持ちに襲われる。どうにもあの光にはいい思い出がないのだ。
けれどどういった奴が来るかが不明なため、揺らぎが生まれたら誰かが待機するのがカオス陣営内での数少ない決まりだった。
なにしろとんだ大悪党もくることも希じゃないのだ。訳も分からぬまま破壊活動されたら堪ったもんじゃない。大分前の話になるが召喚された奴を構わず放置していたらあろうことかゴルベーザーの獲物に手を出してしまいまさかのカオス陣営内での潰しあいが起こったのだ。
幸い、ゴルベーザーの獲物は次回にも参戦が可能な状態での敗北だった。けれどカオス陣営内でのゴタゴタに乗じたコスモス陣営にそれなりに追い詰められ、なんとか情勢を盛り返したときには初期のメンバーが随分減ってしまっていた。
なにしろコスモス陣営はこの世界の真実を覚えていられないため容赦がない。
コスモス陣営はこっちが本気ではないのだから何度やられても大丈夫に近いけれど、こちらは一回で終わりだ。
とにかく、新たに召喚される奴にある程度の事情を理解してもらう必要がある。そう言ったのは皇帝だった。カオス陣営にはそれぞれ獲物がいる場合が多い。それを横取りされるのは腹立たしいということだ。
だから新たに召喚される場合、誰かがそれを見届ける。新入りにどれほどの知識があり、理解があるかを確認する。そいつがもし、手に負えない馬鹿だったら――。
ティーダはゆっくりと立ち上がると取りだしたフラタニティをくるりと回し、肩へと担いだ。その重みはこの世界に長く居続けることで随分と慣れてしまったものだった。初めて剣を持った時は重さに驚いて、情けないがふらついたというのに。
(そろそろかな)
光はもう殆ど人の形を成していた。程なくして色を持ち、呼吸をし、動き出すだろう。どんな奴かはだいたい一目見ればわかるのだ。
生理的に駄目とか、これは人の言葉を解さないとか、良い奴過ぎてこいつはすぐ死ぬなとかティーダにはそれが一目でわかった。
なんでかと言われてもわからないが、その直感はほぼほぼ当たっていた。高慢の癖に寂しがりな皇帝様とか、優しいけど怒ると凄く怖いゴルベーザとか、なに考えてるかわからないけど傍にいるとわりと居心地のいいエクスデスとか。実は面倒見がいいガーランドとか。
(まあ、読み間違える時もあるけどさ)
ティーダは粛々と人になっていく光を睨みつけて、奥歯を噛む。カオスの戦士が召喚されるのを見るのはこれで四回目だった。どんな奴がくるかわからないので見届け役は結構、危険だったりするのだが……幸いなことにとことん話がわからない奴というのにティーダは会ったことがなかった。
つい最近のことでは魔女の犬のサイファーだった。サイファーは話を聞かなかったし勝手にどっかにいこうとした奴だったがあっという間に皇帝が暇つぶしに設置していた罠に掛かったのを助けてやったのを笠に、ひとまず誰かもっと威圧感のある奴に押し付けようとパンデモニウムに連れ帰ったらアルティミシアが引き取ってくれた。サイファーは覚えていなかったが、どうやら知己らしいようだった。
サイファーの前はアルティミシアだった。アルティミシアはなんの問題もなかった。話も聞いてくれたし、勝手にどこかに行ったりもしなかった。そのことはティーダに取ったらとってもありがたいことだった。なにしろティーダが始めて召喚を見届けた奴が酷い過保護だったからだ。
どんな奴がくるかわからないからお前は行くなとか、そもそも一人で出歩くなとか。何があっても良い様に傍にいろとか、そんなことを眉を少し顰めながら言う奴でティーダが一番、名前を呼んだ奴だった。
ようやく出来上がった状態になり、向こうはなにが起こっているのかわかっていないのだろう。棒立ちで突っ立っていた。ティーダはその後ろ姿を上から下にみて、思わず息を呑んだ。
「……スコール?」
ティーダがそう呟けば、完全に色と形を持ち終えた奴が声に反応したのか振り返った。ティーダはぱしぱしと瞬きをして、スコールの名前を呼んだ自分を馬鹿じゃないのかと笑う。
カオス神殿が暗いから、髪の色や背格好で見間違えてしまった。振り返った人物は、ティーダが馴染んでいた相手とは全くの別人で当然だが見覚えがない奴だった。
そいつは黒髪に黒服で、なるほどこれは見間違えるかもしれないというほどの整った顔つきの男だった。雰囲気がなんとなく似ているような似ていないような。歳も近そうだしなどとティーダはつらつらと言い訳を考える。
相手はじっとティーダを見つめていて、ひとまず警戒はされているようだが殺気はない。今回も当たりのようだとティーダは穏やかに笑った。
「俺、ティーダ!よろしくッス!」
□□□□□
「あなたは寡黙な相手に好かれるのですね」
「そうッスかね?そんなこともないと思うッスけど」
色とりどりの焼き菓子やチョコレート、クッキーを頬張っていたティーダは掛けられた言葉にうーんと唸り、少しばかり温くなった紅茶を飲んだ。すると横から手が伸びてきてぐいっと頬を押される。何事かと思ったが、相手の指についていたクッキーのくずが目に入り、『ああ、取ってくれたのか』と納得する。
「ありがとッス」
そう礼を言うが、相手は気にした様子もなく随分と優雅な仕草でカップを傾けている。つい先日、召喚されたばかりの仲間は着ている衣服は普通の服だが雰囲気や仕草はなんだかハイソサエティに感じられた。とにかく、何をするにも気品があるのだ。それはアルティミシアや皇帝もそうであったが、皇帝とは違ってやたらに偉ぶったりはしていない。そう感じるのはきっと性格の違いと、皇帝と違ってお喋りではないからだとティーダは思っていた。
「あなた……ノクティスだったかしら?この世界にはもう慣れたのかしら?」
淑やかに笑うアルティミシアの問いに、ティーダの横に座っている青年はほんの少しだけ考えて、頷いた。頷くだけで、ノクティスは何も言わない。
「ふふっ。そう。あなたも早く宿敵と出会えるといいですわね」
鈴が鳴るように笑い声をあげるアルティミシアをティーダは派手な見かけなわりに可愛いなぁと思いながらクッキーへと手を伸ばす。この茶菓子はアルティミシアが用意してくれているものだが、いったいどこからやってくるのかをティーダは知らない。
「ノクト、食べないんスか?美味しいッスよ?」
「・・・・・・」
紅茶を飲むばかりのノクティスに、ティーダがココア色をしたクッキーを口元に寄せてやれば、ノクティスはほんの少し眉根を顰めたがすぐにそれにかじりついた。
餌付けをしているような状態なのに、ゆっくりと咀嚼するノクティスは雛鳥なんていうような可愛さはなく、堂々たる孔雀に見える。
「食べるなら自分で持てよ」
クッキーをずいっと押し付けるが、ノクティスは目を細めただけだった。そしてそのままぱきりと半分だけ齧りとり、あとは知らん振りとばかりに顔の向きを変えてしまった。
「ふふっ。仲がいいですわね」
くすくすと笑うアルティミシア。目の前に広がるお茶とお菓子。そしてその魔女のお茶会へのお呼ばれ。
「アルティミシア、良いことがあったんスね」
ティーダはアルティミシアがご機嫌であることを見抜いた。そして、そのご機嫌ぶりは過去何度か見たものだった。その経験則から、アルティミシアにどんないいことがあったのかさえもティーダは見抜くことができた。
アルティミシアはティーダの言葉ににっこりと優しげに微笑み、うっとりという風に言った。
「ええ。今日は、とってもいいことがありましたわ」
「良かったッスね」
「ええ。ティーダには申し訳ないけれど」
アルティミシアは空っぽになったティーダのカップに紅茶を注ぐと、その中に角砂糖をひとつだけ入れてくれた。当然魔女なので、手なんてなんて使わない。その光景はいつ見ても摩訶不思議だとティーダは思う。
「申し訳ないなんて、そんなことちっとも思ってないくせに。よく言うッスよ」
ティーダがそんな風に軽口を言って笑えば、魔女もふふふと笑った。魔女の目は笑っていない。きっともう、魔女はどうやって料理してやろうかと考えているのだろう。ああ、恐ろしい。
「手加減してやってよ。アルティミシアが本気になったら、すぐ消滅しちゃうッス」
「ええ、わかっています」
薄暗いアルティミシア城の、さらに薄暗い地下。そこに続く階段を降りはじめたところで腕をはっしと掴まれた。
ティーダは僅かに驚き後ろを振り返れば階段の立ち位置の違いから、ノクティスをだいぶ見上げる形となっていた。上は下よりは仄かに明るく、そのお陰でノクティスの表情は逆行となってしまっていて読みづらい。
「なに?どうしたんスか?」
基本的にノクティスはティーダの行動を制限しない男だった。ノクティスは何を考えているのか読みづらかったが、ティーダは別にノクティスが何を考えていようが問題はなかったので好きにさせていた。
最初に仲間が誰かを教えて、知る限りの敵を教えて、そして誰は誰の獲物だということと敵と戦っても、自分の宿敵じゃない限りは消滅させないように気をつけろというのだけを教えた。後はもう、好きにすればいいと思った。
「・・・・・・・・・」
ノクティスはじっと黙ったままだった。しかし、ぐいとティーダの腕を引くので仕方がなくティーダは階段を下りようとしていた足を元に戻した。ほんの少しだけ階段を上がって、ノクティスと同じ場所に立てば先ほどよりも表情が見える。
ノクティスは怪訝そうな顔をしていて、そして下を見て、ティーダを見る。
「・・・・・・ああ!下に行かない方がいいって?」
ティーダの言葉にノクティスは首を傾げながら頷いた。その目は『下には近づかないほうが良いとお前が言ったんだろう』と語っているようだったし、きっと実際にそう言いたかったのだろう。
ノクティスは言葉が通じない男だった。
それは文字通りの意味で、ノクティスはこの世界の言葉を話せなかった。そもそも、この世界の者達が同じ言語を話しているかも怪しいのだが(何しろ皆、それぞれが異なった世界から来ているのだ。同じ世界でも場所によって言語が違うのだから、異世界ともなれば違って当然だろう)何故かお互いに会話ができた。
しかしノクティスだけは例外で、ノクティスは声が出ないわけではないがノクティスの言っていることを誰も理解できない。けれどその逆は違い、こちらの言葉はノクティスは解することができていた。両方できなかったらさらに面倒だっただろうから、片方だけでも機能していて良かったとティーダは思っている。
ノクティスは、アルティミシアを紹介しようと思ってここに来た時、城の地下には近づかないほうが良いと教えたことを覚えていたのだろう。けれどそれは城の地下がやたらに広くて迷子になりそうであるし、新参者のノクティスに対してアルティミシアがどういった反応をするかがわからなかったからだった。
『一人でうろつくなら、ここは避けるべき』というつもりだったのだが、正確には伝わっていなかったようだった。
「俺、下に用があるんスよ。大丈夫、俺はここは何回も行ってるから」
「・・・・・・・・・」
「ノクトも来てもいいけど、迷子にならないようにな」
そう言ってティーダは腕を掴んでいたノクトの手を払うと階下へと降りていった。この下には最近はとんと見ていなかった奴がいる…らしかった。それは先ほどのお茶の時にアルティミシアに言われたことで、そこにいるということを教えてくれたということは自由にしてやってもいいということなのだろうとティーダは解釈した。
自分が階段を下りる音に重なるように、コツコツという足音が上からもするからノクティスもついてくるらしいことがわかる。
(雛鳥みたいだ)
初めに会った時はてっきりツンケンかと思ったが、ノクティスは基本的にティーダと行動をともにしていた。何を考えてそうしているかはわからない。けれどティーダは別に迷惑を掛けられているわけではないので放っておいた。
一人だろうが二人だろうが、ティーダはもうどうでも良かったのだ。
階段を降り、長い廊下を歩き、あちらこちらで曲がってそうしてようやく辿りついた扉の小窓から中を覗く。そこからは人の足が僅かにみえるだけで、あとは死角になっていて全体の状態は分からなかった。けれど間違いなくボロ雑巾のようにされて転がされているのだろう。
やれやれとばかりにティーダは肩を竦めて、扉の鍵を開錠した。ギギギと重たい音を立てる扉を開け、扉の脇にあった灯りを灯して部屋の中で掲げれば、思ったとおりの状態だった。
「サイファー。気分はどうッスか?」
ティーダがそう言って近づき、身を屈めて耳を寄せればかすかな声が聞こえた。
「……最低だ」
「だろうなぁ」
ティーダはポーションを取り出すと、それをそのままサイファーの頭から掛けた。空瓶は不要と背後に放れば、ガシャンという耳障りな音がする。
「おはよーさんッス」
「……ああ。いま、何回目だ……?」
「さあ?最初からの回数は元々数えてなかったからなぁ。けどサイファーがスコールを倒してからは、二回目ッスね」
「丸々一回、休んでたってことかよ。くそっ」
サイファーは体をなんとか起すと、凝り固まっているらしい首をぐりぐりと廻している。それを見てティーダが『おっさんみたいッスね』と笑えば『お前も魔女を怒らしてみろよ。俺様の気持ちがわかるぞ』なんて言うものだからさらに笑った。
「アルティミシアの獲物を狙うなんて、そんな怖いことしたくないッス」
「……生憎、あいつは俺様の獲物でもあるんだよ」
サイファーは前々回の戦いで、あろうことかアルティミシアの宿敵であるスコール・レオンハートを撃破してしまった。サイファーがスコールを狙っているのは知っていた。そしてサイファーもアルティミシアがスコールを狙っているのも知っていた。ティーダは詳しい事情は知らないが、サイファーとアルティミシアは宿敵が被っているらしい。
それゆえ、仲間内での小さな諍いがおきてしまいアルティミシアは前回の戦いが始った途端にサイファーをそっくりと閉じ込めてしまったのだ。
「スコールといえば、あいつ今回も参加みたいッスよ」
「……見たのか?」
「いや?けどアルティミシアは見つけたみたいッスよ。今日は超ご機嫌だったから」
アルティミシアのご機嫌ぶりは間違いなく、スコールが今回の戦いにも参加していることが理由だろう。前回はアルティミシアが倒したのだがサイファーにやられた時の悔しさからなのか、執拗に叩いてしまったらしく……消滅してしまったかもしれないとほんの少し落ち込んでいたのをティーダは覚えている。
なにしろアルティミシアが自らやってきて、ティーダにそのことを告げたのだ。表情はいつも通りだったが、声がいつもより張りがなかった様にティーダには感じられた。
「……そうか。なら、また俺にチャンスが来たってわけだな」
「懲りないッスね」
「ふんっ。……ところで、あいつは誰だ?」
サイファーがぐいっと顎をしゃくらせて示した場所にはノクティスが立っていた。無言のままじっとこちらを見据えるのはノクティスの癖なのか。決して逸らすことのない視線はかなり不躾であったがティーダは別に気にならない。しかし、サイファーの癪に触るには十分だったようだ。
「ああ。あいるはノクティスっていうんッス。今回から参加。仲良くしてやってくれよ」
「…………けっ」
サイファーはそう吐き捨てると出口へと向っていった。扉のすぐ傍にいるノクティスのことは丸きり無視したままで、馴れ合う気はないと暗に告げている。元より、サイファーが仲良くしてくれるとはティーダも期待していないし、する必要もあまり感じていない。
「まーたスコールのところッスか?」
ティーダがそう声を掛ければ、サイファーは立ち止まって半身を振り返らせた。さっきまで床に転がっていた人間とは思えないほどのドヤ顔に、ティーダは笑いそうになるが笑えば怒るだろうからぐっと我慢する。
「スコールを伸したら、お前の前に連れて来てやるよ。土下座させて、また靴でも舐めさせてやれ」
「……そんな趣味ないんスけど。まーいいや。行くならポーション持ってけよ」
ティーダが予備のポーションを放り投げれば、サイファーはそれを受け取って笑う。
「靴じゃないなら、一物でも舐めさせてやれ」
「最低ッス!ポーション返せ!!」
「くくっ。楽しみに待ってろ」
下品なことを言うだけ言って、サイファーは消えていった。ティーダはいったいいつ、サイファーに自分とスコールの関係性を知られたのかと思ったが、その関係性はとっくに終わってしまっているもののため、サイファーを問い詰める気にもならなかった。
けれど、じっと自分を見つめてくるノクティスの視線が初めて煩わしいと思った。
□□□□□□
ティーダは自分の額を、髪を撫でる手で目を覚ました。とはいっても、意識が浮上しただけで目は瞑っていたが。
日当たりが気持ちよくて、一人ではなく二人でいることだしと甘えて草の上に転がってからどれほど経ったのだろうか。世界は不安定すぎて正確な時間を測るのが難しい。そもそもティーダは何度も何度もこの世界を繰り返しすぎていた。時間は随分と経っている筈なのに老いがないのは自分の存在が夢であるからだろうか。
「……くすぐったいって」
そう言って、ティーダがふくくと笑えば相手も目を覚ましたのだろうことに気付いたのだろう。先ほどよりももっとしっかりと確かめる手つきで髪を撫でてきた。
「いつまで眠ってるつもりだ。そろそろ起きろ」
つれない言葉だが、声は穏やかで呆れは混じっていなかった。もしかしたら珍しく笑っているのだろうかと思うと目を開けたい気になったが、それよりもこの中途半端なまどろみは捨てがたく、撫でられるのも心地がよくてティーダは目を開けなかった。
どうせ今日もすることはないのだからのんびりしていてもいいだろう。コスモスの連中らと戦うことはもう稀になっていた。他の精力的なメンバーがティーダたちの分も頑張ってくれているため、今回の戦いももうすぐ決着がつくところまで来ている。当然、カオス側の勝利で。
ティーダの宿敵はいつも最後の方まで残っているから、ティーダは仕事が残っているといえば残っている。けれどティーダとその宿敵は他の連中らと比べて出自がだいぶ特殊なため、消滅してもおかしくない状態までぼろくそにやられてしまってもちゃんと次回にも参戦しているのだ。
だからティーダは、自分の宿敵を執拗に追う必要はなかった。自分以外のカオスの仲間にやられてしまっても次回にはどうせまた参戦するのはわかっている。
けれどそれでも自分の相手だというのはしっかりとわかっているから、ティーダは最後には重い腰をあげて戦うのだが。当然、何にも覚えてもいない思い出してもいない相手なので勝つのは容易かった。
「……秩序の聖域の方で煙が上がっているな」
「ああ、もしかしてもう決めに掛かるんスかね?」
「いや、方向としてはそうだが……ここからそんなに離れていない。向っている最中だろう」
暖かい風が肌をくすぐっていく。ティーダはスコールの声を子守唄にもう一眠りしたい気分だったが、秩序の聖域の方まで足を伸ばしているということは、本腰を入れなくてはいけない頃合か。
もう少しだけスコールと二人でのんびりしていたかったとティーダは小さく溜息をついたが、この戦いが終わっても次のが始るのだ。その時にすればいい。
「そろそろ行くか?」
「うーん。そうしようかな」
「俺も行くぞ」
「スコールは心配性ッスね……」
やってくる睡魔に打ち勝とうと、ティーダはぎゅっと眉間に力を入れる。それでも瞼は開かなくて、『開け開け』と呪文のように心の中で呟いた。
「……お前がやられても平気でも……嫌なんだ」
噛み締めるように言われた言葉に、ティーダは今度こそ起きなければと思った。スコールを一人にしたいわけじゃないのだと。ただやられても平気なのが事実なだけで、それでいいと思っているわけではないとスコールに伝えたくて、ティーダはまどろみの中から抜け出した。
「スコール」
その名を呼んで目を開けて、ティーダは『ああ、夢か』と落胆した。自分が寝転がっている場所は暖かい草原ではなく冷たいコンクリートの上で、眩しい太陽なんてものはなくて目の前にあるのは飛交う幻光虫。そして自分の髪を撫でる手は、ティーダが想う相手ではなく最近仲間になった青年だった。
ティーダは体を動かそうとして頭が痛み、体も痛んだことでようやく自分の状況を理解した。怪我をして、止めを刺されそうになって、そこでノクティスに助けられたのだった。
そこから記憶がなく、自分がいた場所も移動しているためティーダは難を逃れたらしいことだけはわかった。
ノクティスはティーダの頭を撫でていた……のではなく、手当てをしていたのだろう。ポーションはサイファーにやってしまったため手持ちがなかったから、ケアルをされていたのだろう。
「……ノクト、ありがとッス」
ぽつりとそう言えば、ノクティスはすっと眉根を寄せてティーダを睨んだ。きっとノクティスは理解ができていないのだろう。もしかしたら怒っているのかもしれないとティーダは思った。
けれどティーダはどうしようもなかったと今でも思っている。本当に久しぶりだったのだ。その姿を正面から見て、相手も真っ直ぐに自分を見ていた。
たとえ、相手が自分のことを全く覚えていなくても。自分と繋いだ全てを忘れてしまっていても、捨てていても。
真っ直ぐに見つめられると、ティーダはどうしようもない想いが込み上げてくる。向こうはとっくに捨ててしまったのに、ティーダは何回も戦いが繰り返されても忘れられない。
自分と想いあうことよりも、全てを忘れても、自分の世界の宿敵と戦うことを選んだスコールをティーダは忘れられなかった。
自分を捨てるなんて酷い男だと叫んでもいいはずなのにティーダはそうすることができない。スコールに対する想いを捨てきれないから、スコールと対峙するとどうにもできない。ならばいっそ、その手に―――。
「痛って!」
べちんと額に痛みが走り、ティーダは思わず声を出した。どうやらノクティスがティーダにデコピンを食らわしたようだった。その表情が不機嫌そうな呆れたような顔でティーダは苦笑いする。
「さーて、今日はなんか調子も悪いし、帰るとするッスか」
ティーダは起き上がるとぐいっと伸びをしてからアルティミシア城の方へ歩き出した。なんだか愚痴りたい気分なので、アルティミシアにお前の宿敵の男は恋人のことも忘れる碌でなしだと言ってやろう。
そうすれば、アルティミシアはゆったりとして微笑みながら謝ってくるだろうことをティーダは知っている。
アルティミシアがこの世界にやって来たあの日、あの時。スコールはティーダも、カオスも捨てて行ってしまった。何をどうしたのかは知らないが次に再会した時、スコールはコスモスにいた。
ティーダはコスモスの中にスコールがいたのを見て、ようやく自分は捨てられたのだわかった。あの時の悲しさは今も胸の中にあるし、きっとずっと消えないだろう。
ぐすりと一度だけ鼻を啜り、ティーダは真っ直ぐ目的に地に向って歩く。背後にはちょうどスコールと同じような距離間であるくノクティスの気配があった。
bkm