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スコ育(進撃の誕生日)5


※ティーダ24歳、スコール16歳くらいの話です。

あいつを超えたら、この想いを伝えよう。

そう心に決めてもスコールの心の容量なんてちっぽけなもので、相手から注がれ続ける温かくて甘い愛情が、スコールが持つどろどろと黒くて苦い感情と混ざって今にも溢れ出しそうだった。

カップで例えるのならば、コーヒーに牛乳を並々と入れてしまった・・・・・・という感じのカフェオレか。帳面表力でぎりぎり保たれている、カップと外の境界は少しの刺激で崩壊しそうだった。

「おわっ!入れすぎたすぎたッス!」
「おい・・・」
「ごめんスコール!なんとか頑張ってほしいッス!」

『ミルクいるッスか?』と尋ねられ、本当はもうコーヒーにミルクを入れるなんてことを普段はしていないスコールだったが、久々に一緒に過ごすことができることに浮かれて、ソファに座っていたスコールがカップを前にだしたのが始まりだった。

ティーダからなにか与えられるのは嬉しくない。
けれど日常のささやかななにかをして貰えるのは嬉しい。

そんな微妙な気持ちを抱えているスコールは、並々と次がれてもはやコーヒーではなくカフェオレに変貌してしまったそれを、こぼさないようにとそっと啜った。

途端に中の質量が減ったカップだったが、目の前でスコールがこぼさないで飲むのを見守っていたティーダが手を叩いて『すげー!さすがスコールッス!』なんて年甲斐もなくはしゃいでいるのを見て、またごぽりとスコールの内にあるカップの中身の質量が増えてしまった。

この頃・・・・・・というよりもティーダに対して恋心を自覚してからこっち、スコールは実に悩まされっぱなしだった。

相手は自分と同じ男であるとか、8歳も年上であるとか、Seedの第一期生でその中でも抜きんでた存在のSeedであるとか、そもそも向こうは自分を弟のように思っているとか。

「スコール、昼はどうする?なんか食いたいものとかあるッスか?それともバラムに食べにいく?」

うきうきとしているティーダに、スコールはほんの僅かだけ目を細める。いつもクラスで見ている姿とは違った、いつもよりもさらに子供っぽい姿に、これで教師なのだというのにほんの少しの呆れと、自分に見せてくれている特別な姿にスコールはまた・・・・・・そう、『ティーダが好き』という感情が増幅する。

「・・・・・・クリームパスタが食べたい」
「クリームパスタかー。材料はっと・・・・・・」

機嫌良さげに冷蔵庫を漁るティーダをスコールはじっと見つめる。
ティーダの機嫌がいいのは、Seed試験とクラスアップ試験が終了したからだろう。どちらも、ティーダは試験管だった。

そのせいで、ティーダが担当しているクラスの生徒であるスコールたちもしばらくは教師不在のため、臨時教師が来ていた。
しかし、教師にもやはり質があるのか大半の生徒がその教師の講義をつまらなそうに聞いていたし、実地訓練もなんだか生ぬるかった。
なにしろ教師なのにあっさりとサイファーに伸されてしまっていたのだ。あのときのサイファーの顔は完全に臨時教師を馬鹿にしていた。

実地訓練の度にサイファーはティーダに手合わせを求めているけど、今のところサイファーが勝ったところをスコールは見ていない。
というよりも、このガーデンにおいてティーダに勝ったという人物は聞いたことがなかった。

そう考えると、改めてスコールはすごい人間を好きになってしまったのだと思う。守りたい、なんておこがましいのではと思うくらいの相手だ。ティーダは『スコールは俺より強くなるッスよ!』なんてよく言っているが、そんな未来をスコールはうまく描けない。

ティーダを超えたら、この気持ちを伝えたい。

そんな風に思っているスコールではあるが、それがいつ叶うかなんて見当もつかない。それどころか増え続けた気持ちは今にも溢れるのではというほどになっている。

コミュニケーションが下手で、自分の気持ちを相手に伝えるのは苦手だが・・・・・・幼い頃から特別に接してきたティーダならば幾分かスコールは饒舌になる。だから、スコールの気持ちはふっとした衝撃で溢れてしまいそうなのだ。

「あっ!うっ、わっ!」

キッチンの方でガラガラと耳障りな音が響いた。おおかた、鍋を出そうとしたが横着して上のものをどかさなかったのだろう。雪崩のようにボールなどが崩れたに違いない。

スコールは小さくため息をつくと心とは裏腹に、空っぽになったカップを片手にキッチンへと向かった。



□□□□□□


『誕生日はどうしようか?』

嬉しそうに笑って、そう言ってくるのがほとんど恒例だった。



「・・・・・・見合い?」
「んー・・・・・・。どーしても断れなくてさ」

ごめん、と謝ったティーダは本当に申し訳ないというような顔をしていた。けれどスコールはそんなティーダの様子に思いやりを持った心で接するどころか、その様子を視界に納めることすらできなかった。

見合い。見合い?見合いって・・・・・・結婚を希望している男女が面会する、見合い?

「スコールの誕生日は絶対に埋め合わせするからさ!だから、ゴメン!」

ぱんっと音をさせて両手で拝み倒してくるティーダに、スコールはまた一つの事実を付け足した。

そうだ。ティーダは、見合いは自分の誕生日にすると言っていた。誕生日に。16歳の、自分の誕生日に。

「埋め合わせなんて、いらない」
「え?」
「いらない。そんなものは、必要ない」

スコールはそう言うと、スコールの部屋の入り口に立っている相手をぐいっと押した。見合いと言っても、随分と遠くにいる人物とするようでこれからガーデンを発たなければならないらしい。
それだけの情報で分かる。相手はおいそれと移動もできないほどのご息女なのだろう。
各国での活動のせいか、ティーダの人脈はすごい。今までにだって、お偉いの娘との結婚の噂だって幾度もあった。それが今回は噂よりも随分と現実味溢れる情報だというだけだろう。

「もう行かなきゃ駄目なんだろう?・・・・・・さっさと行け」
「す、スコール?怒ってるんスか?ほんと、ゴメン!」
「・・・・・・いいから、早く行け」

半ば無理やり追い出して、スコールは部屋のロックをかけた。扉が閉じる瞬間、ティーダは困った顔をしていた気がするが、困っているのはティーダではなく自分だとスコールは心の中で吐き捨てた。

スコールは一人きりになった部屋で、泣きわめくこともできず、唇を噛みしめるしかできなかった。泣きわめくなんてそんな女々しいことはできないし、心のどこかで『所詮、これが現実だ』と冷静な自分もいた。

相手は男で、八歳も年上で、Seedとしての華々しい実績があって。
叶うはずのない恋をしているほうが悪いのだ。

ティーダを好きに思っている人間はどれだけいるだろうか?情緒がさほど育っていない自分でさえも好きになるような相手だ。それこそごまんという程に想いを寄せられているんじゃないだろうか。

スコールはベッドに倒れ込むと、そんな想像に薄く笑う。あまりにもリアルにありそうな想像のため、笑いしか浮かんでこなかったのだ。

(・・・・・・見合い・・・・・・。なにも、俺の誕生日じゃなくてもいいじゃないか)

スコールは手の甲で視界を塞ぐと、なにも見えないように瞼すらもきつく閉じた。


□□□□□□

それから二日。
ガーデンはどうして広まっているのか、ティーダの見合いの噂で賑わいを見せていた。

特に女生徒の間で話題に上っているのが多く、『ガルバディアの将軍の娘との見合いだ』とか、『任務で護衛したときに見初められた』とか、『本当は見合いじゃなくて、駆け落ちじゃないか』とかそれはありえないだろうという様々なものが噂として流れている。

スコールは折角なんとか自分を保って部屋を出てきたというのに、まさかどこに行ってもその話題を耳にする羽目になろうとはとうんざりしていた。

・・・・・・噂だけならまだしも、校庭の片隅などでその噂で涙を流す女性徒の姿はさすがに堪えた。その姿は泣いている自分かと哀れみや同情という感情がスコールにさえも湧いたからだ。むしろ泣けるだけ羨ましいとさえ思ってしまったほどだ。

スコールは明日にまで差し迫った誕生日が、消えてしまえばいい思ってしまう。非現実すぎるし、馬鹿馬鹿しいとも思うけれど、ティーダの見合いのことを考えるとそんな馬鹿な考えすら浮かんでしまう。

今までだって、『見合い』の話がティーダになかったわけではないのだろう。スコールだってなにくれなくその程度の噂は耳にしていた。ただ、その手の噂はだいたい『見合いの申し込みがあったけど、また断ったらしい』というのが全部だった。
ティーダは見合いを希望されても、そもそも会うことすらしていなかったのだ。それがシド学園長とか、もっとお偉いさんからの勧めだとしてもティーダは受けていなかったのだ。・・・・・・噂での話だが。

スコールは一度もティーダに真実を確認しようとしたことはない。ティーダは学園に教師としているようになってからは、まれにSeedの任務に特別に同行するか、Seed試験か、それか休日だからとスコールや他の教師仲間と街へくりだすくらいしかガーデンから出ていない。

つまり、実際にティーダに見合いをしているような様子はなかったのだ。だから見合いの話があったのか、なかったのかは知らないが事実としてティーダは『見合い』というものはしていない。
それをわざわざ聞くのも変なような、そもそも聞きたくもないような。
スコールはそんな思いがあって今までいっさい、その手の話をしてこなかった。
少なくともティーダの日常を見ていれば分かる。ティーダに特定の相手はいないのだ。自惚れかもしれないが、恋愛感情はなくとも一番優遇されているのは己だとスコールは自覚していた。

「・・・・・・・・・」

これからは違ってくるのだろうか。
スコールは食堂で買った缶コーヒーのプルタブを開け、こくりと僅かに傾けた。舌にどろりと流れてくる液体に、スコールは僅かに眉間に皺を寄せる。

苦い。

「はっ。おこちゃまには缶コーヒーなんてまだまだ早いんじゃねーか?」

掛かった声にスコールは内心どきりとしたが、表情には出さなかった。スコール自身、よく分からなかったが周りから『甘いものは苦手』というイメージを持たれている。どちらかというと、苦いとか辛い方が不得意なのだが、そのイメージはよくブラックの缶コーヒーを飲んでいるかららしかった。
ブラックの缶コーヒーは単純に、早く大人に近づきたい故の背伸びなのだが・・・・・・そんなスコールの心境をくみ取っているものなんてほんの僅かだろう。

「よぉ、スコール。こんなところで優雅にコーヒータイムか?」
「・・・・・・別にそんなんじゃない」

どこのチンピラだというように絡んできたサイファーに、スコールは僅かに肩を落とす。正直、いまサイファーの相手をするだけの気力もない。けれどサイファーが絡んできたら、相手にしてやるまで解放してくれないのはよく知っていった。

「ああ。じゃあ、傷心タイムか?大好きなお兄ちゃんなティーダ先生のお見合いが寂しくて寂しくてしょうがないのか?」
「違う」

斜め後ろにいるサイファーを睨みつければ、どうやら一人きりだということにスコールは気づいた。学園にいるときはいつだって風神と雷神が傍にいるというのに。その違和感にスコールは僅か沈黙すると、睨みつけていた目を僅かにゆるめた。

「・・・・・・なんの用だ」
「お前に用がある。ちょっとつき合ってくれよ」
「・・・わかった」

面倒だがさっさと相手をしてしまった方がいい。
スコールはぐいっと缶コーヒーを煽ると、空になったそれをゴミ箱へと放る。他の缶とぶつかり合って軽い金属音がした。

「スコール」

耳元で聞こえた声に視線だけをよこすと、サイファーはスコールの肩に手を置き、酷く真剣な目でスコールを見ていた。その目の色に、スコールは僅かに身を固める。

「模擬演習レベル5の装備で、1100に駐車場に来い」

サイファーはそう呟くと、そのままスコールの横を通り過ぎて生徒たちの喧噪に満ちた食堂を去っていった。



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