パターンA
※ティーダがスコールに囲われる話。
言われた言葉が理解できず、キスティスは珍しくぽかんと口を開けた。
「は?え、なに?もう一回言ってくれる?」
「……だから。バラムに部屋を借りたから、住居変更の申請をしてくれ」
けれど意味不明なことを言ってきた相手は、何一つ不思議じゃないという風な顔でキスティスに住居変更の申請書類を差し出してくる。
キスティスはそれを受け取ると、まじまじと見つめる。
確かに住居変更の書類だ。
内容も、寮からバラムへと変更されている。
しかし……。
「部屋を借りたって……なんで?え、どうして?」
キスティスの疑問ももっともだ。
Seedを目指す学生達と、そして正Seedは9割5分以上がガーデンにて生活を送っている。
近隣に実家がある生徒もいるが、それでも大半の生徒は学業と任務の為の生活がしやすいガーデンの寮に籍を置いている。
スコールだって今までずっとそうしており、実家はバラムではないし、そもそも任務の為に移動が多いSeedなのだ。
寮ならば家賃はゼロ。けれど街に別に部屋を借りれば、帰らなくとも家賃が掛かる。
帰らない場所に、なぜ、家賃を払う必要があるのか。そもそも任務で出払うことが多いのだし、疲れて帰ってきて、ガーデンで報告して、そこからバラムに帰る意味はなにがあるのか。
キスティスは頭の中が疑問符でいっぱいだ。
スコールのことは教師と生徒、そして仲間という関係を経てだいぶ理解したと思っていたがまだまだのようだ。
スコールの考えることがさっぱりわからない。
「……なんでもいいだろう。事務処理にかけておいてくれ」
「ちょ、ちょっとスコール!!あなた本気!?」
キスティスがそう言うも、スコールは用は終わったとばかりに帰っていく。
たぶん、書類が物語るようにバラムへと帰るのだろう。
キスティスは手にある書類を見つめ、足早に去っていくスコールの後姿を見つめ、やっぱり首を傾げた。
□□□□□
「ここに住むんスね」
そう言って、きょろきょろと部屋の中を見渡す姿をスコールはそっと後ろから伺う。
自分よりもふたまわりほど小さくなっている(しかも女になっている)姿は未だに慣れない。
そもそも慣れないと言っても、スコールはこの世界に戻ってきて、ティーダと二人で現在の状況を把握、整理して、そこからは大して一緒にいてやれなかったのだ。
ガーデンに連れて行くことも考えたが、ガーデンは部外者の出入りが厳しい。
ティーダの存在をどう説明すればいいかもわからず、ひとまずはバラムに暫く宿をとり、ティーダにバラムからでないようにと言ってガーデンに戻った。
ガーデンに戻れば戻ったで(そういえば時間は殆ど経っていなかった。キスティスに『どこまで昼食食べに行ってたのよ!』と怒られただけだったので、ほんの数時間ほどしか経っていなかったらしい)翌日には任務にいかなければならず、そこから急いでバラムにいきことの仔細をティーダに告げ、任務が終わって帰ってくるたびにひとまず生活環境をとバラムで不動産を探し……現在に至る。
ガーデンにはティーダを置けない。
かといってティーダを一人で放り出すわけにもいかない。
結局スコールがとった手は、『バラムに部屋を借りてティーダと住む』だった。
ガーデンから距離は多少あるが、通えないわけではない。
Seedの給金も使っていなかったために蓄えは随分とあるし、そもそも毎回の給金だけでも十分に暮らせるほどだ。
借りた部屋も、任務が始れば帰ってこられないのだ。
広い部屋を借りる必要もなく、キッチンとダイニングと寝室がある小さなつくりだ。
「…………」
スコールは自分で考えたことに僅かながらショックを受けた。
折角部屋を借りても、ここにどれほど戻ってこられるのか。
結局場所と生活費を与えるだけで、ティーダを一人きりにしているではないか。
ティーダは特に何も考えていないのか、すでに部屋に運び込まれているセミダブルのベッドの上でごろごろと転がっている。
部屋数が少ないため、ベッドも一つだ。
殆どそのベッドもティーダ一人で使われることになるのだろう。
(……今日は二人だが……セミダブルって結構狭いな)
急ごしらえで住居と生活用品を揃えたため、あまり吟味はしていなかった。
二人用のものを用意しても、ほぼ一人で使うのだからというのも考慮した結果だが……。
転がりまわっているティーダの短パンからは、男ではありえない柔らかそうな太ももが伸びている。
体つきはまだ、13、4の年頃だが……れっきとした女の体だ。
スコールは僅かに、失敗したかと思ったが、そもそも異世界で過ごしていた時もそういう間柄だったのだしと色々正当化しようと試みる。
けれどどこもかしこも小さく、まるくなってしまったティーダはスコールの良心をチクチクと刺激した。
「なあ、スコール」
「なんだ」
呼びかけからスコールは思考を浮上させた。
ティーダは枕を抱えながら、ベッドの上で胡坐をかいている。
向けられたその細い足首にスコールはさらに良心を痛めながら、それでもそんなことは億尾にも出さない。
「……ベッドが一つなんスけど……一緒に寝るんだよな?」
伺うように見上げてくる少女(中身は男だが)にスコールはぐらりとした。
別にティーダが男だったことに不満はないし、どっちでもいいと思っていた。
けれどそれが少女になってしまったとあれば、今まで平気だった姿(まるきり平気なわけではなかったが)が突然に破壊力抜群のものに変わったりするのだ。
上目で見やってくるその様子に、スコールはぐらぐらと理性が揺れる。
恋仲では、ある。
けれど性別は同じだった。
いや、大半は異性であるのが正しいのだろうがデフォルトが同性だったために戸惑うのだ。
スコールはぎゅうと抱きしめたい衝動に駆られたが、ティーダは性別が変わってしまったし、そもそも年齢までもが変わっていて、もうすぐ18となる男が13、4の少女に……平たく言えば欲情したなどと許されるのか。
伸ばしかけた手をぐっと堪え、スコールは溜息を零した。
冷静に、冷静にならなければならない。
「……狭いのが嫌なら、俺は床で寝る」
「え?狭い方がいいじゃないッスか。ぎゅーってして寝れるし!」
あっけらかんとそう言い放ったティーダに、スコールはぐらりと揺らいだ。
楽しみだと言う少女(中身は男)が憎たらしくてしょうがない。
けれど相手もそう言うくせに、いまだ少女の体に慣れていないようだった。
風呂に入るときもなんだか気分が滅入るし、今までと違って身体能力も落ち込んでいるしといつか愚痴を零していたのを思い出す。
長年、男として生きてきたのに何の因果かあっさりと変わったのだ。
戸惑うだろう。それに、女になることを望んでいたわけでもない。
体と心の性別が一致していない事象が、昨今問題となっているらしいが……ティーダのもそれに該当するのだろうか。
スコールはソファ、それともベッドに腰掛けるかと逡巡して結局ベッドに腰を下ろした。
ティーダはベッドの淵に腰を下ろしたスコールの傍へと寄ると、触れるか触れないかの距離でスコールを見上げてくる。
前よりも開いてしまった身長差に、ティーダは悔しんでいた。
けれど元々、10センチ以上も差があったのだから、より開いたとしてももう大差ないだろう。
「スコールは、明日はお休みッスか?」
「一応な。急な任務がなければ、明後日までは休みだ」
その言葉に嬉しそうに『じゃあ、カードやろうな!俺、ようやく近所のちびっ子に勝てるようになったんスよ!』なんて言って笑う。
その笑顔は前となにも変わらないのに、体の大きさは違う。
柔らかさも、きっと違うのだろう。
推測なのは未だに手や、髪に触れるぐらいの接触しかしていないからだ。
性別が変わって、以前と同じように触れてもいいのかがスコールには分からないからだ。
嫌がられないかとか、混乱させないかとか、考えてしまうことは色々ある。
夜はやっぱり、床で寝よう。
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きっとスコールはご近所の人にロリコン扱いされているに違いない。
bkm