小説 | ナノ
愛情カタルシス
※24710が兄弟設定で810の話です。というか、『愚者の集い』の810。



ドキリとした瞬間、まるで心臓が抉られたような気になった。
そして訪れたのは数秒前とは色が違いすぎる世界だった。

さっきまで、ほんの数秒前まで自分の世界は普通に色がついた世界だったのに。
なのにドキリと心臓が大きく動いた途端、自分の世界はたった一人以外、色を失ったんだ。




□□□□□□



「スコール!」


今日の鍛練を終えて寮の部屋に戻れば待っていましたとばかりにティーダがラグの上から飛び起きた。
いつも以上に跳ねている髪は、きっとブリッツボールの練習後にろくに乾かしもせずにうたた寝したせいだろう。

スコールは長年の付き合いからティーダの行動パターンを読みきると、肩に提げていたスポーツバッグを下ろすと頬にラグの布地跡がついてしまっているティーダの頬を撫でた。

ティーダはほんの少しだけ目を細め、くすぐったそうに首を竦めて笑う。
いつもの無邪気な元気な笑い声じゃなくて、どこか密やかな『ふふふ』と何かを含めたような柔らかい、笑い。

その微笑みが酷くスコールを息苦しくさせる。
そして目の前がとても鮮やかになる。
けれど視界の色はティーダを中心に色づいていて、ティーダから離れれば離れるほど、まるでグラデーションのように色が薄くなり、白くなっていくのだ。

目が壊れた。

そんな風にスコールは思うこともあるが、実際のところスコールの目は視力2.0であり、色盲でもなく正常だ。

本当は色の識別だってできている。
比喩の問題だ。ただ単純にスコールにとってティーダが特別の存在過ぎて、その姿が眩しく輝いて鮮やかであるというだけだ。

「飯にしよーぜ!オムライスでいいッスよね?つーか材料的に卵料理しかできないんだけどさ


さして広くない寮の二人部屋を軽い足取りで走るティーダをスコールは見送った。
夜の8時ともなれば、さすがに腹もすく。
部屋の備え付けのミニキッチンで夕食の支度を始めたティーダをちらりと見てから、スコールは着込んでいた窮屈な制服を脱いだ。
ジャケットとズボンはハンガーに掛け、ワイシャツはスポーツバッグの中に突っ込んでおいた練習着と一緒に洗濯かごに放り込む。

「ティーダ。洗濯するものは全部だしてあるのか?」

「んーっと、全部だしたッス!」

「バスタオルがないぞ?」

「あっと……椅子に引っ掛かってるかも!」


スコールはティーダのデスクチェアーの上に置かれていたバスタオルをひっ掴むと選択かごを反対の手にぶら下げ、そのまま脱衣所に行こうとティーダの後ろをすり抜けた。

「うわっ……ととっ……」


ミニキッチンに立つティーダが、つま先立ちになってスコールとぶつかることをやり過ごした。

歳を重ねるごとに廊下ですれ違うのが大変になる。
最初にこの寮で共同生活を始めた頃はなんなくできたことなのに12歳をもうすぐ迎える今となっては本当にギリギリだ。

それは一重に、スコールが平均よりも体が大きいからかもしれないが、やはり部屋が小さいのだ。もう1年と少しすれば中等部用の部屋に移動になる。そうすればもう少しなんとかなるかもしれない。

(……もう1年経ったのか……)

スコールは洗濯機に洗濯物を入れながらそんなことを思った。
すぐそこのキッチンからはフライパンが放つ、じゅうぅと何かが焼ける音が聞こえる。その音はほんの数年前までなんの感慨も浮かばなかったのに、一年前からはスコールを堪らない気持ちにさせるのだ。

スコールはこの1年でとても多くの堪らないことを知った。

それは朝の挨拶であったり、眠るときの挨拶だったり。
それは自分のために用意される朝食だったり、夕食だったり。
それは自分に向けられる屈託ない笑顔だったり、呼ばれる名前だったり。

正直、挙げればキリがない。
日常の全てがきっと尊く、自分を満たすのだ。

そんなまるで子供らしからぬことを思うスコールは満足と幸せと共に、不安と恐怖も感じていた。
ゴウンゴウンと回りだした洗濯機を見つめて、隣にある姿見に映る自分の姿を見た。
背は165センチを越えた。
けれど夜毎にやってくる成長痛は全然衰えない。

体はどんどんと大きくなり、成人のそれに近づいていく。
それにともない、二次成長も当然起こってくる。

スコールはキッチンに立っている、身長148センチのティーダを思い出した。
ティーダはまだ成長期ではないらしく、まだまだ小柄で薄い体躯だ。手だって、スコールとは大きさが違い二関節ぶんくらい指の長さが違う。(それはスコールの手が指が長い形のせいもあるが)

同い年なのに、自分よりも小さいティーダ。
戯れに抱きつかれれば、その小ささにいつも驚く。
そして次の瞬間には甘く苦い味が心に広がるのだ。

その味の比率は、スコールの体が大きくなれば大きくなるほど苦さが勝る。
もて余しはじめた欲求を見ないように、気づかないようにぐっと奥歯を噛み締めるのだ。

「スコール、飯できったッスよー!」

ゴウンゴウンと回る洗濯機の音を遮るように高いソプラノの声が響いた。
あまり新しくない、旧型の洗濯機の酷くうるさいはずのなのに、スコールの耳は自分を呼ぶその声だけを聞き取る。

(日に日に、重症になる)

スコールは呼ばれた声に従い、脱衣所からでてダイニングテーブルのある部屋に戻った。
あまり大きくないテーブルにはオムライスとサラダとスープが置いてある。
それを用意してくれた人間はテーブルの上に頭をおいて、スコールを見上げていた。

その目は、『早く早く!腹が減ったッス!』と雄弁に物語っていた。
目線だけで、何を考えているか分かること誇らしいような嬉しいような気になったりもするが、本当はスコールにはティーダが何を考えているかはわからない。

本当に知りたいことは、ティーダの目を見てもわからないのだ。

(聞いてみたら、どうなるだろうか)

そう思い、スコールは椅子に腰かけると、食事にありつくため身を起こしたティーダを見つめ、名前を呼んだ。

「……ティーダ」


もうアルトになっている声音でその名を呼ぶ。
名前を呼ぶだけで、幸せにもなるし苦しくなったりもする。

ほんのあるとき、きっかけなんて本当に些細なこと、むしろ日常のことでなんの変鉄もないことだったのに。

スコールは目の前にいる同い年で、ずっと同じ部屋で共同生活をしている少年を好きになった。
その好きが特別なことなのはとっくに自覚ずみだ。
最初はそばにいられるだけでいいような気がしたのに、その距離が誰よりも近くなければ嫌になってしまった。
体が大きくなるほど、そんな理不尽な欲求はどんどんと、強くなる。

もうすぐ12歳を迎える今となっては、その唇に自分のものを押し当てたいと思ってしまっている。

呼び声に答えるように、オムイライスにかけるケチャップに手を伸ばしていたティーダはその浅瀬の海のような澄んだ青色の目をスコールに向けた。

キラキラと光るその瞳に、スコールは今日も息が止まる。

「……いただきます」

「おー!いっただきまーす!」


誤魔化すように手を合わせ、スコールはスプーンを取った。
いつだって自分の気持ちを告げようとすると、怖くなる。

なんて言えばいいのか、どうしたら正確に伝わるかわからないのだ。

「ケチャップかけるッスよ?」

「別に自分で……」

「いーからいーから」

スコールの言葉を切って、ティーダは容器を握った。
ブチュリという音と共に、スコールのオムライスの上にケチャップが垂れる。

ティーダは鼻唄混じりに手を動かすと、不器用な手つきで線を描く。
途切れ途切れなそれは、何かの形をなそうとしているようだがうまく読み取れない。

辛うじて、もしかして、なんてティーダの描くその芸術をスコールは解そうとするがそんな馬鹿なと冷静で常識的で臆病な自身が否定する。

「できた!さって食べようぜ!」

ティーダはケチャップの蓋を閉じると、意気揚々にオムライスにスプーンを通した。
いつも通りのその様子を見つめて、目の前のオムライスを見つめて、スコールはほぅと小さく息を吐いた。



□□□□□□□


相変わらず、色が偏った世界に生きている。
初めて色彩の違いを知ってしまった頃から、もう何年経っただろうか。
スコールは学園の寮を出て始めた一人暮らしの部屋で、天井を見つめながらそんなことを思った。

視線をローテーブルに戻せば、散らかり広がるティーダのテキストが見える。もうすぐ実力テストだからと言ってこうしてスコールの家で勉強をしているが……それは言い訳だ。
勉強も当然やるが、それだけの理由ではない。
スコールとティーダには勉強以上に重要なことがあって、けれどそれは大っぴらに言えないことなのだ。
男同士であるから。

「スコール。テーブル片付けといて欲しいっスー」

「……ああ」


スコールはキッチンのほうから聞こえた声に頷くと、丁寧にテキストを拾い、ティーダの鞄にしまった。
夕食を食べたら、もうティーダの門限が来てしまうだろうから勉強はできない。
寮で一緒に生活していたときは時間なんて気にならなかったのにとスコールは眉をしかめたがすぐに頭をふった。

ティーダは長年、離れて暮らしていた兄弟とやっと一緒に生活できるようになったのだ。ティーダを思えば、離れて暮らしていることいいことのはずだ。どうせ学校も一緒なのだし。

「お待たせ〜」

両手にオムライスのプレートを持って、ティーダはにっと笑った。
ことりと置かれたオムライスは、記憶にあるよりもさらに洗練されたものだ。

家では三男が家事をしているらしいから、あまり料理をしなくなったとティーダは言うがそれでもさほど腕はなまっていないようだった。

そんなことを思いながら黄色のふわふわを見つめていれば、さも当然というようにスコールの前に置かれたオムライスにブチュリとケチャップが降りかかる。
グネグネと描かれていく図柄をいつもの通り見つめ、スコールはふとあることに気づいて笑った。

「どうかしたッスか?」

くすりと微かに笑っただけなのに、それを目ざとく見つけたティーダは流すこともせずにスコールに問いかけた。
スコールは言おうか言うまいかを悩み、視線を巡らせただけなのだが視線はティーダの持つケチャップを映す。

「貸せ」
「え?あ……」

スコールはケチャップをティーダの手から受け取ると、それを逆さまにしてティーダのオムライスにうねうねと垂らしていく。

落ちていくケチャップは……まあ、なんというか見汚く、ぶつぶつと途切れながら黄色を赤くしていく。正直、何を成そうとしているのかさえも分からないその結果に、スコールはほんの少しだけつまらない気持ちになった。

「……案外、難しいものなんだな」

そう零したスコールをぽかんと見つめていたティーダは、やっとスコールが言わんとしていることに気づいたらしく声を上げて笑った。その笑い声に、ますますスコールはつまらないような気分になり、パチリと普通よりも大きな音をさせてケチャップの蓋を閉じる。

「な、なんのことかと思ったら……!ぶくくッ……!」
「……笑うな」
「ご、ごめん!ごめんッス!でも……スコール超下手……ッ……!」
「お前だって、昔はヘタクソだった。何が書いてあるのか全然読めなかったほどだ」

スコールは笑うティーダを睨みつけると、柄にもないことをしてしまった自分を恥ながらスプーンを取る。
そして昔よりも随分と上達した『大好き』が書かれたオムライスの真ん中に、躊躇いなく差し込んだ。

「スコール。また俺のオムライスに『だいすき』って書いてくれよ?」
「……二度とやらない」

つれない返事のスコールに、それでもティーダは笑っていた。


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まだ兄弟にはばれてない頃ですね。というかばれる寸前の話辺りかも……。
寮生活してた頃の話がちょっと妄想したくてしました。
オムライスにメッセージ書いちゃうとか可愛いなとか妄想もうそーーーーう!!



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