「ティーダとなにかあったのか?」
問われた言葉に僅かながらダメージを食らう。
正直、触れて欲しくない話題だったからだ。
殆ど他人には関与してこないくせに、ティーダに関してはなにかと口を挟んでくるヴィンセントが気に入らない。
別にヴィンセントが嫌いなわけじゃない。
信頼している、大事な仲間だ。
けれど、些かティーダに好かれすぎているというか、懐かれすぎているというか。
平たく言えば嫉妬だ。
自分以外の人間を過剰に頼らないで欲しいと、身勝手なことをティーダに願ってしまう。
「……別に」
「……そうか。ティーダがいつもと様子が違ったので、なにかあったのかと思ったのだが」
淡々と告げられた言葉に、苛立ちがさらに募る。
いつもなんて言えるほどにティーダと関わりがあったのだろうかと思い返してみれば、そういえばティーダがこの世界に来る前よりも、来た後の方がヴィンセントに会う機会が増えた気がする。
「大したことではない」
そう答える以外なかったと思う。
まさかユフィと恋人同士だと勘違いされているなどと、言えるはずがない。
「大したことがないなら、ティーダは普段どおりのはずだろう。お前にとって大したことではなくとも、向こうはそうではないということだ」
ヴィンセントの尤もな指摘に反論の余地がなくて押し黙るほかない。
ヴィンセントだって俺が話したくないと思っていることは気がついているだろうに。
それなのにこんなにも食いつき、踏み込んでくるのに困る。
いつのまにそんなにお節介な奴になったのか。
「……お前ならば分かっていることだと思うが。いつまでも時間があると、余裕があると思っていると全てが終わっているぞ」
しみじみとではなく、無機質な平坦な声音で言われた言葉にずしりと胸の辺りが重くなる。
この世界で、明日がきちんとあると思うのは無知で幸せな証だ。
確実な明日が誰にでもあるというのは幻想で、気づけばなくなっているということは自分の過去からも痛いほど痛感している。
逃げ回っていては前に進めないし、気づけば大事なものはこの手から滑り落ちている。
動いたって、駄目な時もある。
けれど一番心が重く、苦しくなるのは動かないで終わりを迎えたときだ。
なにもできなかった、しなかったという後悔が付きまとう。
その苦しさを俺は嫌というほど経験しているのに、相変わらず初めの一歩が重たい。
「……この仕事が終わったら、話してみる」
「それがいい」
薄く笑ったヴィンセントに、子ども扱いされているような気がして苦々しく自分も微かに笑った。
そしてティーダに向き合うと決めてから落ち着いたのか、そもそもどうしてティーダに避けられているのかということに思い至った。
俺とユフィの関係を勘違いして、どうしてティーダが俺を避けるのか。
思い当たる一般的なこととしては、ティーダがユフィに気があるといったところだろうか。
それで俺に対して、居づらさを感じているとか。
「……」
ティーダがユフィに好意を持つとか、あまり考えたくない可能性ではあるが……けれどティーダにそんな様子は見られなかったと思う。
ティーダは感情に関してはあまり抑えないタイプのように見えるから、ユフィに行為があるならばもっと分かりやすいはずだ。
俺とユフィの仲を勘違いする前から、ユフィとは歳が近いせいもあって親しげにしていたのに。
それなのにユフィに対して特別な感情を持っているとは思わなかったのだから、違うような気がするのだ。
もっと、別の理由で避けられているような。
「……」
そう感じるのはティーダがユフィに好意を持っているという現実から、俺が逃げたいからか。
浅ましくも、俺はティーダの特別になりたいと思っている。
だからこそ、そんな風に自分の都合の悪い可能性を尤もらしいことでなかったことにしたいのだ。
どちらにしても、話し合えばいいことだ。
もう先延ばしにはしない。いつだって話し合う機会があるなんて悠長なことを言っているわけにはいかない。
「あ!いたいた!クラウドー!ヴィンセントーー!!」
ぎしぎしと床が抜けるんじゃないかというほどの勢いで廊下を走ってきたユフィに俺とヴィンセントは振り返った。
待っていろと言った筈なのに、新羅屋敷に来たということはなにか起きたのだろうか。
そう思いながらこちらからも一歩、踏み出そうとして……前から来るのがユフィとレッド]Vしかいないことに眉を顰めた。
「はぁ……はぁ……もー!探しちゃったわよ!」
「ユフィ。どうした?それに、ティーダはどうしたんだ?」
呼吸を整えるユフィに詰め寄るように問えば、呼吸が荒いユフィに代わってレッド]Vが前へと出た。
「いなくなっちゃったんだ!」
「……なんだと?」
「ティーダがか?」
ヴィンセントの『ティーダがか?』という問いかけに対して、ユフィとレッド]Vが大きく何度も頷く。
それを視界に納めながら、俺は自分の意識がどこか遠くに行くような感覚を自覚した。
気を失うわけではない。
けれど周りの音が非常に小さくなり、ボリュームの小さいテレビの映像を見ているような感覚になる。
ティーダがいなくなった?
どういうことだ?
「なにがあったんだ?」
「そう言われても、私たちもわかんないのよ!普通に座って話してたのに突然ティーダが立ち上がって……そしたら私たちの目の前でぱっと光になって消えちゃったのよ!!」
両手を振ってそう説明しているユフィを見ながら、俺は頭を鈍器で殴られたような衝撃を断続的に感じていた。
ティーダが、いなくなった。
光になって消えて……どこに?
光ってどういうことだ。
「ティーダ……」
俺は微かに震える手で携帯を取り出すと迷わずにティーダの番号にコールした。
けれど画面に映るのは『圏外』の表示と掛からないティーダの携帯番号だ。
「くそっ……!」
残さなきゃ良かった。
気まずかろうがなんだろうが、連れてくればよかった。
「とにかく。ティーダが消えたという場所まで戻ろう。……これが行方不明という問題の現象か?」
「わ、わかんないよ。でも……ティーダ見つかるよね?」
ヴィンセントの言葉に、不安そうに首を傾げるユフィの言葉に、誰も、なにも言えなかった。
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