初めに言い訳させて欲しい。
俺も忘れていたんだ。
その言葉を心の中でだけ呟いて、俺は目の前のソファで猛烈に不機嫌な顔をした彼氏を見つめた。
彼氏……というかなんというか。俺も男だ。
要するに、俺と目の前の彼氏は同性愛である。
同性愛ではあるが、同性愛者ではない。
俺は男なんて好きじゃないし、通常考えたら恋愛対象になるわけがない。
ただ、目の前にいる……ティーダが特別だっただけだ。
性別とかその辺の重大な壁を越えても構わない相手で、向こうだってそう思ってくれている。
なにしろ、向こうは今までちゃんと女と幾度も付き合ってきたらしいのだから。
「その……悪かった」
「……スコール、悪いことしたんスか?」
むすっとした顔でそう言われて、俺はどうしたらいいのかと迷った。
はっきりいって、俺はティーダにめっぽう弱い。
それはお互い、まだ付き合い始めて日が浅いからだろう。
お互いの趣味も完全には把握し切れていないし、まだどこか余所余所しいというようなところもある。
俺もティーダも別の高校に通っていて、中学が一緒だったわけでも、小学校が一緒だったわけでもない。
接点は通学に使う路線が同じっていうだけだ。
通学なんて十数分のものの中、俺もティーダもお互いに一目ぼれで、その気持ちを長いこと温めてきて……ようやく最近、とある出来事から実ったのだ。
長い間見つめすぎて、嫌われたくないという気持ちが強すぎるせいかティーダに弱い。
ねだられれば(金銭的なものじゃない。例えばハグとか、手を繋ぐとかそういう少々恥ずかしいことをだ)逆らえないし、ティーダがしゅんと犬の耳が垂れるように落ち込めば、その時叱らなくてはいけない場合でも許してしまう。
そして……。
「悪いことを、したつもりはないが……」
「そうッス。別にスコールは悪くなんかないッスよ」
怒っているのにも、弱い。
ティーダはむすっと膨れ面をしながら、怒っている。
今日はお互いに登校日で、放課後は俺の家で勉強をしてカードをして……と、昨日楽しそうにするティーダとそう約束をした。
それは、俺だって楽しみだった。
昨日まではティーダは部活の大会で遠征していて、今年の試合はもう終わったからと(登校日に重なっているが)遅い夏休みだ。
夏の前半は部活の練習であまり一緒にいられなかった。
メールも電話もしたし、たまの休みは泊まりに来たりもしたが足りなかった。
圧倒的に、ティーダが足りない。
それは向こうも同じで、メールにはよく『会いたい』と綴られていて……。
「ティーダ……」
「なんだよ」
折角会えたのに、ティーダはソファに座ってクッションを抱きしめて、俺のほうに近寄っても来ない。
近寄ってこないどころか、俺を見ることすらしない。
じっと睨みつけるように、テーブルの上に置かれているピンクの包装紙に包まれている『プレゼント』を見つめていた。
「……スコールって、もてるよな」
「そんなことはない」
「あるって。じゃなきゃ、他校の女子から誕生日プレゼントなんか貰うもんか」
むすっと膨れるティーダに、俺はどうしたらいいのかと途方に暮れた。
目の前にあるプレゼントは、ティーダが預かってきた、俺へのプレゼントだ。
すっかり忘れていたのだが、今日は俺の誕生日で……ティーダは『友達なんですよね?お願いです!渡してください!』と、揺る巻きヘアのとーっても可愛い女子に渡されたらしい。
とーっても可愛いと強調してきた時のティーダは凄い怒りようだった。
それが嫉妬なら、俺としては嬉しいことだ。
嫉妬なんて面倒なものだろうと思っていたのだが、ティーダにされるなら構わない。
可愛いと思う。
けど、残念ながらティーダは嫉妬してるわけじゃない。
ティーダが俺宛のものを預かるのは今回が初めてじゃない。
菓子だったり、手紙だったり。
俺とティーダは男同士だ。
他の連中は俺達の関係は単なる学外の友人だと思うのだろう。
公然とした仲にするつもりも、俺達はなかったし。
お互いがお互いの思いを知っていれば十分なんだ。
だからティーダは渡される限りのものを俺に届けに来る。
手紙とかだけは少しばかり『面白くない』と漏らすことはあるが、お互いにお互いを好きなのは分かっているから。
……ティーダだって、俺と同じく色々ものをもらうだろう。
いや、正直ティーダのほうがモてる。
それも男女関係なくだ。
明るくて、いつも笑顔で。
国民的スポーツであるブリッツの、それも将来を有望視された選手で……。
もてないわけがない。
俺がもっと人が近づきやすい性格をしていたのなら、きっと俺だってティーダへの贈り物をガーデンの生徒から託されるのだろう。
だから、このプレゼントは問題じゃない。
お互い、問題にするつもりはないものだ。
俺はちらりとプレゼントを見てから、俺を全く見ないティーダを見た。
プレゼントは問題じゃない。
問題じゃないのだ。
ならばなにが問題なのか。
それは……分かってる。
でも、俺だって忘れてたんだ。
怒りの形相のティーダから、『お誕生日プレゼントを預かったッス!!スコールって今日が誕生日だったんだな!俺は全っ然!知らなかったッスよ!!』とこのプレゼントを突きつけられて、ようやく思い出したのだ。
そうだ。
問題になっているのは、俺がティーダに自分の誕生日を教えなかったことだ。
ティーダは恋人の誕生日を、まさか他人にプレゼントを託されるという形で知るとは思わなかったと毒づいて、ソファにおさまっている。
平たく言えばやきもちに分類されるのかもしれない。
でも、俺だって恋人の誕生日を別の、それも相手に好意を抱いている奴に知らされるなんて真っ平ごめんだ。
「……ティーダ」
俺は意を決すると、ティーダの横に移動した。
クッションを投げつけられるかと思ったけれど、ティーダはじっとプレゼントを見つめてる。
「……すまない。俺も忘れていたんだ」
「…………」
「その……本当にすまない……」
「スコールそれしか言わないな」
ティーダの言葉に、全くだと思う。
さっきから『すまない』しかでてこない。
けれど過ぎてしまった時間は戻せないし、俺にはもう平謝りするしか手がない。
そしてなんとかしてティーダの誕生日を聞きださなければ、俺も同じ道を辿るかもしれないと危惧している。
「もういいッスよ」
「……いいのか?」
「ずっと怒ってて欲しいんスか?」
「……そんなわけあるか」
そろりとティーダの肩に手を伸ばせば、ティーダからころりと俺のほうに体を預けてきた。
そのことにようやくほっとして、俺はティーダを抱き寄せる。
機嫌はまだ直りきっていないかもしれないが、折角の誕生日にずっとこのままギクシャクしているなんて嫌だった。
誕生日だと思い出したら、ティーダを抱きしめたい衝動が湧き上がってきたし。
そもそも久しぶりに会ったのだ。存分にティーダを堪能したい。
「……あーあ。俺、なんも用意してないッス」
「忘れてて悪かった。あと、別にプレゼントなんかいらない。お前が居てくれればそれでいい」
「俺からのプレゼントなんてちっとも欲しくないッスか?女の子のプレゼントがあればそれでいいの?」
「……違う。そんなわけないだろ」
「うん……。知ってるッス。ごめん。俺も悪いんだもんな」
そう言ってもぞりと俺から離れようとするのを、両腕で抱きしめることで防いだ。
まだ、ここにいて欲しい。
「お前は悪くない」
「……悪いっスよ。スコールに誕生日いつかって聞いてなかったのも悪いんだ」
『俺も、忘れてた。ごめんな』と、ティーダはそう言って俺の額に口付けを落とした。
困ったような、泣きそうな顔で笑うティーダを引き寄せてその唇を食む。
……俺は本当に、こうしてお前と一緒にいられるだけでいいんだ。
プレゼントとかは、どうでもいい。
ティーダが笑って、俺にだけ笑ってくれれば、それでいい。
勿論、ティーダに外で笑うなというわけじゃない。
蕩けるような、その幸せそうな笑顔だけは、俺だけにして欲しい。
それだけだ。
「なあなあ。誕生日プレゼント、何か買いに行こうぜ」
「今からか?」
「俺だって、スコールにプレゼント渡したいッス!」
そう言うティーダだが、本音としてはこのまま二人きりで家で過ごしたい。
勉強して、カードをする約束だったけど……そうじゃなくて、もっと別の過ごし方をしたい。
「……いや、俺は……」
『お前ともっとこうしていたい』と、そう続けようとした途端、家の電話が鳴った。
ティーダがびくりと体をはねらせ、電話の方を向く。
「スコール。電話ッスよ」
「………ティーダ。出かけるぞ」
「え?」
電話のコールは鳴り止まない。
けれど、その電話のコールが酷く不吉だ。
俺の家の電話は、掛かってくる番号によってコール音を変えられる。
今鳴り響くコールは、もっとも聞きたくないコール音だ。
「急げ。時間がない」
「え、ちょっと!スコールどうしたんスか!?」
ティーダのエナメルバッグを持ち、自分も財布と携帯を持つ。
けれど、携帯はすぐに電源を切った。
電源をつけっぱなしにしていたら、場所が特定されてしまう。
「スコール!電話鳴ってるって!」
「いいんだ。行くぞ」
そう言って俺はティーダを先に玄関から出した。
窓はもとより開けてない。ガスも大丈夫。
後は玄関の鍵を閉めたら、猛ダッシュでここから逃げるだけだ。
(今日は絶対に邪魔されてたまるか)
俺がそう思いながら玄関を閉めたとき、留守番電話に切り替わった音が聞こえた。
そして、間延びした『スコールーーー!パパだよ!お誕生日おめでとうー!今、そっちに向ってるんだよー!』という声が聞こえたのは、俺の気のせいだ。
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スコール誕生日おめでとう!!
忘れてたよ!!ごめんね☆
bkm