参ったな。
そう思いながらも俺はどうすることもできない。
行き場のない手が勝手に伸びないように膝の上に縫い付け、早く眼前のものがいなくなること祈るしかない。
……目の前のもの。まぁ、ティーダだけど。
別にティーダが嫌なわけじゃない。
考えによっては今の状況は嬉しいものかもしれないが、悪いが俺はそこまで世捨て人になってる訳じゃない。
温かく可愛らしいとか、そんな風にティーダの行動を受け入れられないのだ。
正直、苦しい状況だ。
ついつい、手を伸ばして抱き締めたくなるがそれは我慢しなければ。
けど、いつまでも我慢できる自信もないんだ。
だから、ティーダ。
じっと近くで俺を見るのは止めてくれ。
「……なにしてんの?」
掛かった声に俺は助かったと小さく息を吐いた。
俺とティーダの部屋に来たのは、ユフィだった。
ユフィはティーダが俺を覗き込んでるのに対して眉をしかめて首を傾げた。
「よっ!ユフィ!」
「ん。久しぶり〜」
ティーダは俺から離れるとユフィへと右手をあげた。
「下に誰もいなかったけど」
「ティファたちなら今日は遊びにいったッス」
「なーんだそうなんだ」
「つーか、ユフィはどっから入ったんスか?鍵しまってただろ?」
「そんなのあたしに掛かればちょいちょいっとね〜?」
人の家の鍵を勝手に開けたのか。
まぁ、ユフィを相手に言っても無駄だな。
俺はティーダが離れたから体からようやくちからを抜けた。
ここ最近、ティーダから近づいてくることが多くて変に身構えてしまうのだ。
まぁ、気づかれない程度の僅かなものだが。
「んじゃ、なんか持ってくんな」
「甘いものにしてねー?」
ティーダは『わかってるって』というと部屋を出ていった。
どこに行くのかと思いながら、ティーダの出ていった扉を見ていたら、座っていたベッドがぎしりと揺れた。
さっきティーダが座っていた俺のすぐ横にユフィが座っている。
そしてユフィはずいっと身を乗り出すと俺の顔を覗きに込む。
ユフィの突然の行動にいきなりなんだと思いながらも放っておく。
こんな突飛な行動も慣れてしまった。
ティーダといい、ユフィといい。
この年頃の行動は少し読めない。
「……ちょっと!無反応ってどういうことよ!」
「……どう反応しろというんだ」
なんでこんなことしているかも分からないのに反応しようがないだろう。
俺が僅かにため息をつきながらそう言えば、ユフィはさらにずいっと身を乗り出した。
「さっき、ティーダとこうしてたじゃん。なにあれ?」
「ああ……。ティーダは俺の目を見ていたんだ」
「……魔晄の目を?」
「そうだ」
俺の言葉にユフィはどう言うべきか迷ったのだろう。僅かに動揺する様子を見せて、『なんで?』と聞いた。
その反応が、実にこの世界の住人らしく、やはりティーダは俺たちとは違う世界からやって来た者なのだと感じた。
俺の、魔晄の影響を受けた瞳はこの世界では暗い出来事を思い起こす負の象徴だ。
2年前のメテオ災害の直接的原因を作ったセフィロス。そして間接的原因を作った新羅カンパニー。
それらには全て魔晄であるライフストリームが関わっている。
魔晄を浴びた者への偏見があるとかそういう話ではなく、この目は悲しい出来事を思い起こさせる。
故に、この魔晄の目に人は悲しみや同情を抱くのが一般的だ。
だが、ティーダは俺の目をあの眩しい笑顔で『この色、俺好きッス』と言うのだ。
俺がこの目に対して持っているコンプレックスなんて軽く吹き飛ばし、ティーダは俺に近づく。そしてこの目を覗くのだ。
ティーダが好きだというのなら、この魔晄を浴びた目には力を持つ以外に意味がある。
そんな風に簡単に思えてしまうのだ。
「……ティーダってさ。……どこの出身なんだろ?」
ユフィはそう言うとぐっと眉間にシワを寄せた。
『うー』っと唸り、ティーダの違和感がある点を指折り列挙していく。
メテオ災害知らない。
新羅カンパニーを知らない。
街の名前もマテリアも知らない。
「他にもいっぱいあるよね。ティーダのおかしなとこさ」
「何が言いたいんだ?」
「ただ不思議なだけ。ほら、あのマテリア」
ユフィの示したのは、ティーダのマテリアだった。
赤のマテリアはサイドテーブルの上で光を受けてキラキラと光っている。
「あれってさ。ライフストリームの中で見つけたんでしょ?」
「そうみたいだな」
ユフィは益々、眉間に皺を寄せる。
ユフィが言いたいことだってわかってる。
通常、ライフストリームに浸かることがどれほど危険なことか。
意識の混濁がなくとも、魔晄の依存症になりうる危険が高い。
「ティーダってまじで何者?まじで完全に魔晄の適応力があるの?」
そう言われても、俺には分からない。
ただ、ティーダはもともとこの世界の人間じゃない。
それが影響しているのかもしれない。
「分からないが……ティーダはティーダだ。俺はティーダが何者であっても構わない」
「……ふーん」
ユフィはさらにぐっと俺に近付いた。
目と鼻の先にユフィの顔があり、ユフィは俺を穴が開くほど見つめている。
なんなんだと思っていれば、ユフィはぐいっと俺の顔を引き寄せた。
そして額がつくほどの距離で止まると一声。
「クラウドってさ、男同士なのにティーダのこと好きなんでしょ?」
直接的な指摘に俺は驚き、愉快そうに顔を歪めるユフィを見た。
ユフィは『図星でしょ?』と言うと、俺の膝から降りた。
軽くなった膝に、そういえばいつの間にか膝にのし掛かられていたのかと気づく。
ユフィは意地悪く笑いながら、俺を見下ろしている。
指摘されたことは事実だが、ユフィに知られたというのが厄介だ。
触れ回られたりするのではないかと仲間でも勘ぐってしまう。
「ティーダ、入ってこないぉ?」
ユフィは愉快そうな様相を崩さずに、くるりと部屋の出口ん方に向くと声をかけた。
俺はその言葉に僅かに身構える。
部屋の扉はいつの間にか少し開いていて、そこに指がかけられるとお茶とお菓子が乗ったトレイを持つティーダが現れた。
ティーダは視線を僅かにさ迷わせると『えーっと……お邪魔します……』と言って入ってきた。
僅かに赤い頬と、戸惑う様子にどうかしたのかと思えば、ユフィは口元を手で覆い笑っている。
「………っ!!」
ユフィの面白がる様子に、さっきのユフィとの必要以上の接触を見られたのだと気づく。
いつもあんなに近づいてこないのにと思っていたが、ユフィはこれを狙っていたのか。
完全に、さっきの出来事をティーダに勘違いされたんだ。
「ティー……「わーい!ドーナッツだーー!!」
弁解しようとした俺の言葉は完全にユフィに遮られた。
こいつ……!俺がティーダへ向ける感情を知った上でからかっている!!
「ねーねー。私、今日泊まってもいーい?」
ユフィの言葉にティーダは驚き、そしてちらりと俺を見て……曖昧な笑みを浮かべた。
止めろティーダ!そんな気遣った感じの愛想笑いなんてするな!
お前が思うようなことはユフィと俺の間では成り立たない!!
「……ユフィ」
「んーー?」
「それ食べたら帰れ」
これ以上、俺の邪魔しないでくれ。
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閑話休題的な感じの話です。
次はたぶんもうちょい長い予定です。