水→栄で、水谷と花井。 「ちわー、…なにしてんだ水谷」 いつも通りに挨拶をしながら部室へ入る。 と、中では水谷がひとりで床にしゃがみこんでいた。 半裸で。 「は…はないぃ…」 「お前…、どうかしたのか?」 「…なんか…すっごい煽られて、そんで捨てられた…」 俺をちらりと見上げた水谷の瞳はちょっと涙目で、一瞬なにがあったんだと身構えたが、そいつの言葉を聞いて脱力した。 ああ、なんですかそういうことですか。 この水谷文貴という男が、同じ部の仲間の栄口勇人という男に淡ーい恋心とやらを抱いている、という話は、俺だけが知っているトップシークレットだ。 見れば栄口の姿はなくとも荷物は水谷のそれと並んで置いてあるし、彼のロッカーも開いている。 中にかけられた栄口のものと思われる白いシャツは、彼らしくもなくハンガーに斜めにひっかかっていた。 一瞬、目の前の友人が我慢の限界を迎え、人の道を外れたことをしでかしたのかと疑ったが、先ほどの水谷の言葉からするとどうやら少し事情が違うようだ。 そう、少し。 どちらにしても、今深く長い溜息を吐いて前髪をくしゃりと掻きあげたこの男は、清く正しく健全であるべき高校球児にあるまじき表情で、あるまじき雰囲気を纏っていた。 「…てめ、そのおあずけ食らいましたって顔やめろ…」 「だってっ!花井ならさあ、もし好きなやつにくすぐり攻撃されても、大人しくしてられるっ!?」 「はあ?そんくらい…」 「無邪気に体中触ってきてキャッキャしてんだよ!?やり返したくならない!?」 「そりゃ、まあ、」 「じゃあやり返したらどうなると思う?好きなやつだよ?」 「えー…」 「体に触るんだよ?顔赤くして息も絶え絶えに目の前で身悶えられてごらんよ!?」 「みもっ…!」 「できる?」 「…できねえな」 「だからひたすら耐えたわけですよ」 「おー、えらいぞー…」 「でも耐えれば耐えるほどムラムラすんじゃん…」 「……」 「それでも楽しかったのに栄口ったら急に…はあ…もう栄口食べちゃいたい…」 再びの溜息と共にとんでもないことを口走った水谷に、俺は目の前の景色が反転しそうになった。 「ばっかおまえ誰に聞かれっか分かんねーんだから自重しろ!っつかそーゆー話を俺にすんじゃねえよ生々しいんだよ…!」 俺にとっては水谷も栄口も大切なチームメイトだ。ちょっと手がかかるが一緒にいて楽しいクラスメイトと、頼れる副主将だ。 だけど男同士がどうこうとかそういう話は置いといて、俺は水谷が栄口のことを本気で好いていることを知っているし、 というかたとえそれが男女間の話であったとしても、見知った間柄のそーゆー話はなんだかムズムズしてしまうので遠慮したいタイプなんだ、俺は。 はあ、と水谷と同じく、いやその原因はまったく違うところにあるのだけれど、とにかく溜息を重く吐き出せば水谷はがばりと顔を上げた。 「ちょっとお、さかえぐちで想像しないでよ!?」 「するかあああ!!」 反射的に水谷の頭をはたいた乾いた音は、ふたりきりの部室にむなしく響いた――― (2011/12/02) 苦労性な花井が好きすぎてつい… つまりは両片想いが好物ですという話。 (2011/12/11) 加筆修正しました。 |