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水←栄。
シリアスじゃないソフトな仕上がりを目指しました。







巣山は掃除当番。
沖と西広はそれぞれに委員会の集まりがあって、
花井はシガポのとこ、阿部は巣山同様、クラスの掃除当番らしい。
9組はホームルームが長引いていて、いつもはとっくに着替え終えてそうな泉も三橋も田島もまだ来ていない。
篠岡は女の子だ。

そういうわけで、


「…ふたりっきりだと案外広いんだねえ、ここ」

水谷がそう言ってえへへと笑う。
俺はそうだねーと軽く返しながらロッカーを開くと、ごそごそと中を漁るフリをして頭を突っ込み、さりげなく水谷を視界から外した。

ばかやろう。こちとらさっきから頭ん中からっぽにすんのに必死なんだ。余計意識させるようなこと言うなばか、バカ水谷、今日も無駄にイケメンだなこのやろう。
片想いを自覚してからすっかり日常になりつつある八つ当たりの悪口を心の中でこっそり水谷にぶつけながら、鞄の中身もごそごそ、ごそごそ。

…ん?あれ、筆箱は?あれ、もしかして机ん中置いてきた?

しゃがんで今度はちゃんと鞄の中をごそごそ、ごそごそ。
もし筆箱がなかったら、それを理由にこの場から逃げよう、

よし、

と思ったけれど、案外あっさりとそれは指先に触れてしまった。
なんだ、ちゃんと入ってた。適当にごそごそしたせいで下に入り込んじゃってたのか。

「あっ!」

突然水谷が隣で大きな声をあげた。
思わず俺は反射的に水谷を見上げた。見上げて、水谷の姿を目にして、しまった、と瞬時に後悔した。

「俺そういや今日のおにぎり具なしだー!うわーさいあくだー!」

なんだよあんな声上げるから何事かと思ったじゃんかどうでもいいよそんなこと、いやおにぎりの具は重要だな、具なしの日は確かに最悪だよでもやっぱりそんなことで顔上げちゃった俺のが最悪だよどうしてくれんの謝れとにかく俺に謝れ、

ほんの一瞬の間にそれだけの罵声が頭の中を駆け巡る。
目は上半身裸の水谷から離せないまま。

ああ、こいつ、こいつ、

(くっそ、いい体してんなあ…!)

身長はたいした差、ないはずなのに、筋肉のつき方が俺とはまるで違う。
肩幅がまず違うんだよな、そうすると背中の広さも違ってくるわけで、そいで胸とか腹とかはもちろんなんだけど最近は腕に違いが出てきてる気がする。
今はゆるめのズボンでラインがハッキリしないけど、太腿だって、ああ、フォームを改善しただけでいいバッティングできるわけだよ、


「…あのー、栄口?」

はっ、と我に返った。
しまった、水谷が微妙な表情を浮かべて俺を見ている。

「…ん、なに?」

いや何じゃないよ、何は水谷の台詞だよきっと

「ええっ?えーと、」

あーほら、困ってんじゃん、

「あ、いや、ごめん。見すぎた。お前また腕太くなってね?」

そういう目だけで見てなかったのが幸いした。俺、野球バカでよかった…!
我ながら完璧な返しだ。
内心ドヤ顔でいると、視線の先で水谷がパッと嬉しそうに顔を綻ばせた。
かっこいいくせに可愛い、なんなんだこいつ。

「まっじで!?うん、実は今じゅーてんてきに鍛えててさあ!」
「へえ、何やってんの?」
「えーとねえ、」

水谷は着替えを中断して自主トレの内容を身振り手振り付きで俺に説明し始めた。
しまった失敗した、早く上、着てくれ頼むから。

「あー、俺ももっと肉付けなきゃだなー、」

言いながら、ガチンと音がすんじゃないかと錯覚するほど無理やりに視線を水谷(の裸)から外してロッカーに向きなおる。
これでよし、あとはこいつより早く着替えて、ここをさっさと出てしまおう。
俺は立ち上がりシャツのボタンに手をかけた。ぷちぷちぷち、と上から順番に素早く外していって、不自然に急いでいると感づかれない程度に素早くシャツを脱ぐと少し乱暴にハンガーへそれをかける。
この調子、と俺は続けて中に着ていたTシャツの裾に手を伸ばした。
けれど、

「ストップ、」

突然、水谷に手を止められてしまった。


え、


水谷の手は俺の肘のあたりを軽く掴んでいる。
その手にそって視線をあげると、少し青みがかった水谷の瞳とぱちり、目があった。


え、


なに、


「ちょっと失礼しますよお」

言いながら、ふにゃり、微笑みひとつ。
それから水谷は、元からそれほどなかった俺との距離を一歩、軽く詰めて、
肘あたりを掴んでいた手をそのまま二の腕までずらすと、ぐ、と少しだけ力を込めた。
そして、おお、と小さく声を漏らすと、そのままぐ、ぐ、と同じようにしながら、少しずつ俺の腕全体にその手を滑らせていく。

え、あ、

筋肉を確認してんのか。



「…怒んないでね?」

満足したのか、水谷は俺の腕を掴む手に力を込めることをやめて、それから遠慮がちに感想を口にした。

「栄口って、もっと細いと思ってた」

さすがナイスセカンだねっ、
そう言って、にっこり笑った水谷の手は、まだ俺の腕を掴んだまま。
うわ、こんな至近距離、で

「…それは、どーも…」

俺は堪らず顔を背けた。
うう、嬉しい、嬉しい、恥ずかしい。

だけど、急に水谷が焦り始めた。

「えっ、あっ、ごめん!悪気があったわけじゃ…!いやっそゆ問題じゃないよなっ、ごめん、てゆかね、あの俺が言いたいのはつまり、栄口もばっちり筋肉ついてんじゃーんって話でね、」
「ごめん、ごめん栄口、栄口がそんな気にしてると思わなくて…」
「…ごめんね…?」


ばーか、勝手に結論急ぐなって。
どんどん元気のなくなっていく水谷の声に、俺は顔を上げざるを得なくなる。
ごめんね、ちがうよ、うれしい、ありがとう。
早く伝えてあげなきゃ。早く伝えてあげたい。
だけど多分まだ俺の顔は赤いままだから、ちらりと横目で水谷の位置だけ確認して、その露出した脇腹へと手を伸ばした。

「うひゃあっ!?」
「うらうらうらうら!」
「ひゃはっ、さかえぐ、ちょっ、うはっ!」

水谷が体を捩って俺に背中を向けた時点で俺の作戦は大成功。
これでまだ火照りの冷めない顔をこいつに見られずに済む。

…済むんだけど。

ただひとつの問題点は、水谷が上に何も着ていないこと。水谷の肌に直接触れることもそうだけど、広い肩から細く絞られた腰へかけてのキレイな逆三角形が目の前にあるということだ。
それも俺の息がかかりそうなほど近く。

いや、その点を除けばこの作戦は完璧だ。耐えろ俺、見るんじゃない、無駄にすべすべして綺麗な肌がいくら視覚的に毒だろうと、目を瞑ってしまえばこっちのもんだ!

「うらうらうら!どーだ!まいったか!」
「うひーっ!まっ負けっ、まけましたあ!こうさんですううぅはああっ!」

別に何か勝負をしていたわけではないけれど、水谷は擽り地獄でワケが分からなくなっているから問題ない。

「さ、かえぐちっ、ちょまっ、」

…よし、俺もだいぶ落ち着いてきたし、このへんで、


どんっ


「っ、」
「はあ、あ、ごめ、」

顔面に何かがぶつかった衝撃で、俺はバチッと目を見開いた。
おでこと、ほっぺた。それから鼻の頭に、微かにジンと痺れる感覚。

一瞬遅れて状況を理解した。
俺の手から逃れようと暴れた水谷の体が後ろへ傾いて、真後ろを陣取っていた俺にぶつかったのだ。

「わ」

わるい、
反射的に謝りかけた、そのとき。

ふわん、と鼻腔をかすめたにおい。

シャンプーや香水のような、はっきりとしたものじゃなくて、
持つはずのない温度を感じさせるような




あ、





水谷の、肌の匂い、だ






「ごめんさかえぐち、鼻打たなかっ、ぶっ!」
「悪い、俺、教室に筆箱忘れてきた。取ってくる」
「えっ」

こっちへ振り向こうとした水谷の顔に張り手いっぱつ、
そのまま可能な限り無感情に言葉をぶつけて、俺は部室を飛び出した。


ああ、ありがとうがまだ言えてない。
ふと頭のどこかで思った。





水谷に対するこの気持ちは。
時々、ドキドキするだけじゃなくなって、困る。
自分の体なのに、コントロールがきかないんだよ。
意思に反して勝手に血液が集まっていく感覚に、少し泣きそうになりながら俺はひたすら走った。



(ああああもう…っ!水谷ごめん―――っ!)



水谷に対するこの気持ちは、
時々、キレイなだけじゃなくなって、こまる。









わずかに苦しい甘い圧力
だって思春期真ん中ストライク。
(2011/12/02)
タイトルはエキサイト翻訳さんにアレンジをお願いしました。
(2011/12/11)
加筆修正しました。


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