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・少年期のミロ+カミュ、と年中組
・カミュの一人称が「オレ」だし師匠口調じゃない
・そんなカミュ視点












『…て、何やってんだ』
『いやいや、これは……でしょ』
『つーか器用な、おまえ…』

「…あ、起きんじゃね?」


頭の上で飛び交う複数の声に意識が浮上した。
目に飛び込んでくる光が痛くて顔を顰めながら少しずつ視界をクリアにしていけば、こちらを覗き込むようにして中腰になっている人影がぼんやりと、ひとつ、ふたつ…

「はよ」

その内のひとりがにっこりと微笑む。
柔らかなみずいろのウェーブヘアが零れるのを右手で掬い上げて耳にかけるしぐさも、向けられた笑顔もその名に相応しいひと。

「…ディーテ…おは、よう」

眠りから覚めたばかりで絡んだ喉にけほ、とひとつ咳払い。
ぐしぐしと目を擦って今度はしっかりと目を開く。
うんおはよう、ともう一度挨拶をしてくれたアフロディーテの、両側にいるふたりがちゃんと視界に入った。

「デス、シュラ…、…あれ、オレっ?」
「心配すんな、まだ時間じゃねえよ」

慌てて起きようとしたオレに、デスマスクがニッと歯を見せる。
なんだ、焦った。三人に寝顔を覗き込まれていたから、てっきり寝坊したのかと思った。
オレがちゃんとシエスタしているか、様子を見に来たのだろうか。
とりあえず起こしかけた上体をもう一度横たえるのもなんなので、オレはそのまま起き上がることにした。


三人が「あ、」と声を揃えるのと、オレの髪がぐいと後ろに引かれたのは、ほぼ同時。


「…え、…え?」

引かれた力は強くはなかったけれど、つられるようにして振り返ったオレは、次のふたつのことで頭が混乱することとなった。
まず、

「なん、…ミロ!?なんで、え、なんでここに!?」

次に、

「ってゆか、なんだこれ!なにこの髪!?」

以上二点である。
ぶはっ!と盛大に噴出した音に混乱したまま正面に向き直ると、三人がそれぞれに笑いを湛えてオレを見ていた。

「なんだ、じゃあやっぱりミロが勝手に来てたんだ?」
「びっくりしたぜー、どこ探してもいねぇと思ったら、おまえらピッタリ寄り添って寝てんだもん」

オレが一番びっくりしてるよ!と言い返すより早く、かあっと頬に熱が昇った。
ぴったり寄り添ってって、それはオレの意思じゃないし、子供じゃないんだから誰が一緒にシエスタなんて、ていうか本当になんでミロがここにいるんだ!

キッとミロを見下ろせばそいつはまだ穏やかに夢の中にいた。
窓から差し込む陽の光りを集めたみたいに、きらきらふわふわとまばゆい金色のなかにある幼い寝顔。
同い年のはずなのにそう思わせるのは、完全に力が抜け切った眉や目尻、ゆるく開いたくちのせいだろうか。

このバカみたいに幸せ全開な寝顔のとなりで、自分は眠っていたのか。
曰く、ぴったりと寄り添って。

もうすでに温度が上がっていたはずの頬がさらに熱くなるのを感じた。なんだか無性に腹が立つ。火照った顔と混乱気味の頭をそのまま勢いに変えて、オレは無言でミロの額目掛けて手のひらを振り降ろした。

「あだっ!」

奇声と共に暢気な顔が一転して歪んだのを見て、ざまあみろ、と少しだけすっきりする。

「あははっ、カミュ容赦ないな」
「おーおーイイ音したぞー」

囃し立てる声を後ろに聞きながら、オレはフンッとミロを見下ろしてそいつが起きるのを待った。

「…おーい起きろー、ミロー。カミュが怒ってるぞー」

よほど眠りが深かったのか、まだ目覚めきらない様子のミロを後押しするようにアフロディーテが声をかける。
ディーテの声はデスやシュラより高く、でもオレたちよりは少しだけ低くて、とても優しく響く。
それはミロの耳にちゃんと届いたらしく、ふるりと睫毛を震わせることで反応を示した。

みんなが注視する中で、髪と同じ色をした豊かな睫毛が、ゆっくりと持ち上がっていく。


…こいつの瞳は、もしや瞼の下で溶けかかっていたんじゃないだろうか。
と、オレは思った。

薄く姿を現した、まだ焦点の定まらない蒼い球体は水の塊のようだった。やがて、それはトロリと転がって、 
オレを、映した。

「………」

何か言おうとしたのか、唇がぱく、と開く。

―――スッキリしたのに。ざまあみろこのやろ、って、思ったのに。
叩き起こしたことを、オレはこの時なぜかちょっと、後悔 した、気がした。


「…いてえー…なんだよおぉ」

ぱち、次の一瞬でしっかりと覚醒したらしいミロが抗議の声を上げた。

「あー、さっきの、カミュ?!何すんだよお!?」
「……っ、うるさい!ばかっ!」
「な…え?何?なに、なんで怒ってんの?つか今おれが怒って…あいたっ!」
「うるさいっばかっなんでここにいるんだっばかっ!!」

なんだかワケが分からなくなってバシバシと夢中で手刀を打ち込んだ。
なんなんだ、なんなんだ、こいつ。

「あーこらこら、カミュ、そのへんにしておけ」

ぱしっと右手を掴まれて後ろを見ると、オレの手首を掴んだシュラが、目が合った瞬間少し驚いた表情をした。
ゼィハァ、と肩で息をしながらもそんなシュラの様子に思わず首を傾げると、彼ははっとしたように口を開いた。

「…あーっとだな、ミロが泣いちまうぞ」

シュラより一瞬早くデスマスクがそう言うと、シュラもオレの手を離して言いかけた口を噤んで頷いた。
言おうとしたことは同じらしい。
…って…泣く…?

そうっと視線をミロに戻せば、まさにそのタイミングでミロの瞳からぼろりと涙が零れ落ちた。

「っ、」

「…あーあーあー…、ほら、ミロ、」
「っ…う…」

オレの後ろで苦笑したアフロディーテが腕を広げるのが、空気で伝わってきた。
ぽろぽろぽろぽろ。透明の雫が頬を滑り落ちる間にも、碧い碧い瞳はまっすぐにオレを見ている。
だけど次の瞬間、視線をオレの隣へと移してガバッとそこへ飛び込んでいった。

「…ッ、ディーテぇっ!」
「うわっ!」

短い悲鳴を上げたのはオレだった。すっかり忘れかけていたけど、ミロが隣で寝ていたこと以外にも、オレを驚かせた事情は未解決のままここにあったのだ。
さっきとは反対に、前へと引っ張られたオレの髪。
逆にミロはさっきのオレと同じように、髪を後ろに引かれた感覚に驚いてこちらを振り向いた。

「…な、なにこれ?」

ミロはオレと、オレとミロのまんなかにあるものを交互に見つめた。
そこには、オレの紅色の髪と、ミロの金色の髪が、編み込まれてひとつになっていたのだ。
絡み合う紅と金が目に痛い。
ミロはまじまじとそれを見つめてから、なにこの髪、とオレの目を見て呟いた。
だけどオレに訊かれても困る。オレじゃない。オレがやったんじゃない。
なのにまた、頬に熱が集まる感覚。
舌が固まってしまったかのように何も言えなくなって、ただ、驚いて涙が止まったらしい碧い瞳を黙って見つめ返すことしかできなかった。

「…ディーテ?…が、やったの?」

何も言わないオレから視線を外し、ミロは自身が泣きついた水色を見上げて問いかける。
そうだろうな、たぶんアフロディーテがやったんだ。ちょっと考えたら分かることなのに、なんでオレ今、何も言えなかったんだろう。

あれ、なんか。
なんかオレ、泣きそう。
なんだよ、目が覚めてからずっとおかしい。
オレ、さっきからどっかおかしい。

「綺麗に編めてるだろ?」

アフロディーテがにっこりと微笑んでミロの頬を撫でた。涙を拭ってやったんだろう。

「それよりミロ、おまえなんでこんなとこに居たの」
「う…」
「探したよ?私もシュラも」
「おい、俺は」
「…ごめんなさい、ディーテ、…シュラ」
「いや」
「おい、俺は」
「カミュにも謝んなさい。勝手に部屋に入ったんだろう?」
「っ、」

部屋どころか布団にまで潜り込んでんだぞー、とデスマスクが茶化せばミロはびくりと肩を震わせて、それからあからさまに怖々とこちらに振り向いた。
その視線が、ぴたりとオレに固定される。

「…あ、え、あ、その、」

途端にミロの頬が真っ赤に染まった。どうやら自分が不自然な状況下にあることをすっかり忘れていたらしい。

「ちがっ、うぁ、おれ、あの、かみゅが、」

碧い瞳を白黒させながら何も伝わらない身振り手振りでぱたぱたと慌てふためくミロ。
あわあわと不明瞭な言語を発しているその口から、不意にオレの名前が零れた。
え、なに。オレ?が、何?
思わずジッとミロを見つめ返すと、ふたたびビクッと体を硬直させて、頬の温度をさらに上げていった。
林檎のような頬に、涙が止まっても潤んだままのおおきな瞳。
なに。なんだよ、なんか言えよ。
なんか、こっちまで、

「…あ、…、…ごめん、ね?」
「―――……、…うん」

え、つながってない。
ミロ、言葉、それ繋がってないよ?
だけどつい返してしまった短いオレの返事に、オレたちの兄貴分である三人は満足してしまったようだった。

「よし、じゃあ部屋に戻ろうな?ミロ」

アフロディーテに促され、ミロもちいさくこくりと頷く。
それを確認してから、ミロを抱きとめていた白くて綺麗な手が、するり、オレたちの髪を束ねていた紐を解いた。
あっけなくほどけた紅と金。自然と手元に戻ってきたひとふさの紅髪。
それを手に取って、櫛で梳かすように指で梳いてみたら、少しクセが残っていた。

「それ、そのまま担いで行くのか?」
「その方が早いからね」
「じゃあカミュ、災難だったがもうひと眠り…、」

あ、うん。そうする。
そう言ったつもりだった。
シュラがまた驚いた顔をしている。

「…おい」
「っんだよシュラ、服伸びんじゃ、…」
「なに?どしたのふたりとも」
「…いや、ディーテはそのまま行け」
「なんだよ?」
「あ、バカ、」

シュラがしまったって表情をしてる。
デスとディーテは、さっきのシュラとおんなじ顔だった。
三人して、固まるなよ。早く出て行けよ。
そう思うのにやっぱり声は出なくて、ついに、ディーテの背中に負ぶさっていたミロが、オレに気付いてしまった。

なんだよ、くそ。
こっち見んなばか。
くやしい恥ずかしい、だけど止め方が分からない。
今更遅いのに、とにかく視線から逃げたくて俯いて顔を隠したら、ぱらぱらぱら、シーツの上にたくさん雨が降った。


これはあれだから、もらい泣きだから。
一斉に慌てふためき始めた三人と、再び泣き始めたミロで大騒ぎになった部屋のまんなかで、オレは「なんでもない」をひたすら繰り返しながら、涙の言い訳を探し続けていた。

この出来事がのちに『カミュ大泣き事件』と名付けられ、大泣きしていたのはどっちだ、とミロと大喧嘩をすることになるのだけれど、それはまた別の話。






(2011/03/01)
(2011/04/01)

(2011/12/23)
一部修正

(2017/12/18)
一部修正


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