旅の途中、承+花。 最近、雲行きが怪しいな、とは思っていたんだけれど。 雨 「ここまで本降りになるとはねー…」 ぼくは腕の雫を払いながら、誰に言うでもなくそう呟いた。 いや、すぐ隣には身長190を超える大柄な男―――空条承太郎が居るのだが。 「………」 ほら、案の定。「そうだな、」とも「ああ、」とすらも言わない。 彼は非常に寡黙な男なのだ。 だからぼくは最初から返事を期待しない。結果、独り言のような口調になる。 最初の頃こそやりづらいと思ったものだが(そりゃあ、ぼくだって決して社交的なタイプではないけれど。でもだからこそ、)今では慣れたもので、逆に居心地の良さのようなものを感じつつあった。 ザーーーーーー… ある程度の雨露を払い終わり、ぼくは腕の中の荷物を抱えなおした。ガサリ、と音を立てた紙袋の中には、頼まれた備品や生活用品が入っている。 (これはジョースターさんので、これはポルナレフの。アヴドゥルさんので、ポルナレフので、ポルナレフ、ジョースターさん、ポルナレフ……) その場の流れでぼくと承太郎が買出しに決まったけれど、なんだか釈然としない比率である。 それに、せめてもう少し量が少なければ、紙袋が濡れて破けてしまわないように気をつけながら、ホテルまで走ることもできたのに。 ぼくは溜め息を吐いた。…いや、吐こうとして、とめた。 溜め息を吐こうとして大きく空気を吸い込んだぼくは、ふと違和感を覚えたのだ。 (…匂いが、違う) 薄暗く澱んだ空も、雨音も、日本のそれと変わりは無いのに。 雨の匂いだけが、ここが遠い異国の地であると思い出させる。 ―――ホームシック、なんてわけじゃないけれど。 (……父さんと母さんは、元気にしているだろうか……) 「…って、うわ!?」 気がつけば、ぼくの目線と同じ高さに承太郎の瞳があった。あっただけなら別になんてことはないが、その距離がいけない。 (ち、近い…っ!) 彼は、なんというか、美形だ。イケメンだ。 男のぼくから見たって、学校の女の子たちが騒ぐことに疑問を感じたりはしない。 そんな顔が、ふと気がついたら真横にあったのだ。びっくりして声をあげるくらいは許してほしい。 (うわ…睫毛なが…あ、目の色が違う…緑色…?) 思わず凝視してしまっていると、承太郎はその綺麗な形の鼻で、くん、と一嗅ぎした。 そしてさらに、もう一嗅ぎ。 「―――…え?」 くん。くん、くん 「なに…え?ちょ、な、なんだいっ承太郎??」 ぼくは思わず後退りながら、自分の制服の肩や袖口などを嗅いだ。 な、なにか臭うのだろうか。 少し狼狽しながら承太郎を見つめると、彼はようやく口を開いた。 「……なにか、におうのか?」 「……ぼくが訊きたいです」 ぼくの返答に、彼は一瞬だけ眉間に皺を寄せかけ、それから思い出したように言った。 「…何か、嗅いでただろ」 「?ぼくが?…あ、」 見ていたのか。 ぼくは「雨の匂いが…」と彼に説明した。 彼は納得したのかしなかったのか、読めない表情で視線をぼくから外した。 急いで駆け込んだ雨宿り場はあまりスペースが無く、大柄な彼なら、なおのこと雨との境界線は近い。雨粒を見つめる承太郎の横顔を見つめ、ぼくは言葉を待ったが彼が口を開く様子はなかった。 ふいに、先刻の自分は少し慌てすぎていたような気がして、少し気恥ずかしくなる。ぼくは取り繕うように言った。 「…ぼくが何か臭いのかと思って、焦っちゃった」 すると彼は、承太郎は。 思いもよらない行動に出たのだ。 ぼくが後退った分の距離をたった一歩で詰めて、 「……いや、」 ぐ、と頭を抱き寄せられ 「どっちかってぇと、イイ匂いだぜ」 くん、と鼻をならしたのだ。まるで、…額に口付けるような、そんな仕草で。 目の前には、承太郎の首筋。 ふわっ…と彼の匂いがぼくの鼻をくすぐり、それは眩暈を起こさせた。 …こんなの、おかしい。 同じホテルに宿泊しているんだから、ぼくも承太郎も同じ匂いのはずなんだ。 ぼくは男だし、承太郎だって当然男なんだ。なのに。 「…、花京院?」 逆らい難い、衝動。 「ッ!?」 「………承太郎も…イイ匂い、ですよ」 彼にしてはめずらしく、ポーカーフェイスが崩れている。 首筋に手を当てて。 …ああ、くちびるが、痺れる。 がばりと体を離した彼の背景では、雨はもう見えないくらいに小雨になっているようだった。 言わなきゃ。「そろそろ行こう」って。 早く、なにごともなかったように、早く。 …言わなきゃ。 そうでなければ、ぼくらは―――――― (2009/09/15) (2011/04/01) なぜ花承くさく終わってしまったのか |