成長した少年二人が共有するには些か狭いベッドの上に、なかなかの存在感で鎮座ますものに気付いてスガタは首を傾げた。朝に部屋を出る時まではこんなものは確かに無かったはずだ。間違ってもスガタの趣味ではないもので、買った覚えももちろんない。そしてスガタのものでないのなら消去法で導き出されるのはひとりだけだ。
「タクトのか?」
いや、それにしても。
腑に落ちず頭を捻らせるスガタの背後から軽いノック音が響いて返事を返せば、開いた扉からピンク色のパジャマ姿のタクトが顔を覗かせた。普段は跳ねている緋色の髪は湿り気を帯びてぺたりと落ち着いて、風呂上りにそのまま来ましたと言わんばかりの出で立ちだった。風邪をひくからちゃんと乾かすようにといつも注意しているにも拘らず、もう癖なのか一向に改善する気配はない。
「スガタ、寝る前に紅茶でも飲む……って、あ」
スガタと向かい合わせにベッドの上に転がるものに視線を留めて、タクトは声を上げると慌てたそぶりでそこまで駆け寄った。
「ごめん、真ん中に置いといたら邪魔だよね」
ひょいとそれを持ち上げて、普段タクトが眠っている側に配置し直して苦笑いを浮かべる。その様子をただ見つめていたスガタだったが、流石にそのまま流すわけにもいかず疑問を口にした。
「それ、どうしたんだ?」
指をさしタクトに問うと、小さく首を傾げきょとんとした表情が返される。
「あれ言ってなかったっけ? ――ん、ああそっか。スガタが職員室に行ってからだ」
放課後は大抵一緒に帰宅するのが常なのだが、今日に限ってはスガタは用事で職員室へ寄ることになりタクトだけが先に帰っていたのだ。教室で別れた後の事だと言われれば、スガタが知り得ないのも無理はない。
「なんかね、人妻さんが旦那さんに貰ったものらしいんだけどあげるって」
私には子供っぽすぎるから、だってさ。
曲がりなりにも正式な夫からの贈り物を簡単に他人に譲渡するのもどうかと思うが、その理由もまたどうなのかとスガタは脱力しかかる。まあ到底同年代とは思えない美貌と博識さにずれた常識とを持ち合わせる彼女からしてみれば、タクトはまだまだ子供みたいなものなのだろう。席が前後していることもあって何かとタクトを構う彼女を面白くないと思う気持ちはあるが、それが恋愛感情からであると言うより弟でも可愛がる風に見受けられてスガタもあまり口は出さなかった。
さて、そんな彼女からの贈り物であるが。
「何故うさぎのぬいぐるみ……?」
大きさは人間の子供くらいあり、真っ白なうさぎを模したぬいぐるみのようだった。毛足が長くふさふさした体と同じく白い顔には透きとおる紅玉がふたつ。まるでタクトのそれに似た瞳が並んでいた。
「これ抱き枕にもなるらしいよ。ほら胴体が長いでしょ」
ベッドからひょいとまた持ち上げて、タクトが抱きしめる仕草をして笑う。なるほど、やけに大きいと思ったらそういう仕様のものだったらしい。スタイルも良く女性にしては身長もそれなりにある彼女へ宛がわれたものだけあって、タクトが使っても小さすぎることはないようだ。とはいえ幾分少女趣味すぎる気もしないでもないが、あまり違和感を感じないところがタクトの怖いところだとスガタは苦笑した。
「ふふ、こいつすっごく柔らかくて抱き心地良いんだよー」
もう手放せなくなりそうと少々大袈裟に話しながら、それが事実であるというように頬擦りするタクトはそのオプションも相まって、諸々の欲目を抜きにしても可愛かった。それはもう可愛かった。暫く眺めていたいくらい可愛かった。のだが。
スガタの中の触れてはいけない琴線にひっかかってしまった。
「――…没収、だな」
「っええ?!」
ぽつり呟き、タクトの腕の中から非情にも取り上げる。くたくたのうさぎを引き離されたタクトは情けなく眉を下げ非難の声を上げると、揺れる紅色でスガタを見た。どうして、と雄弁に語る大きな瞳にスガタを映す。二人がまだ幼い頃に、お気に入りのおもちゃを取り上げられた時も確かこんな顔をしていたなとスガタは思い出していた。あの時もそう、やはりスガタがきっかけだったのだ。
「抱き枕なんて必要ないだろう、僕がいるんだから」
「えー、そういうのはスガタがふかふかになってから言ってよ……」
綿が詰め込まれた最高に柔らかい白うさぎの抱き枕とそこそこ成長している上に男のスガタとでは比較対象にもならない。だが、それも承知の上でスガタは大真面目だった。
「じゃあお前が僕の抱き枕になれ」
「ちょ、なんで逆になっちゃったの!? しかも結構いつも抱き枕にされてるよね既に」
ベッドに入るのは二人大体同じでも、寝つきのいいタクトと寝る前に読書を嗜むスガタとでは眠りにつく時間にずれがある。そして、隣ですやすやと寝息を立てるタクトを黙って見ていられるスガタではない。常日頃から愛してやまない半身であるタクトに遠慮なく触れられる絶好の機会。もちろん昼間だろうがそれなりに接触を図りはするが、さすがに抱きしめるまでにはそうそう至らない。人目も気にせず、タクトにも訝しまれることがないのは就寝時だけで。その結果、タクトが朝目覚めてみればスガタに腕をまわされていて身動きがとれないという事態も珍しくない、という訳である。
「タクトは体温高いから気持ち良いんだよ」
「そういう理由……? いやでもやっぱずるい、納得できない」
僕も抱き枕欲しいと不貞腐れるタクトは、放って置けば完全に臍を曲げてしまいそうだった。スガタとて無駄な喧嘩がしたい訳ではない。けど、そう簡単には譲れない。
仕方ない、と観念してスガタは白うさぎを腕に抱くと、口を尖らせているタクトに向き直った。
「それなら、タクトは僕とこのうさぎと、どっちが大事なんだ?」
「はあ?」
「好きな方を選べよ」
我ながら馬鹿らしい質問だとスガタは自嘲した。それこそ比較対象にもならない二つを並べてタクトに選ばせようとするなどどうかしている。
子供の頃と同じだ。
タクトが自分そっちのけで何かに夢中になるのが許せない醜い独占欲に溢れている。スガタにとってはタクトが中心で何より優先されるべきもので、タクトにとってもそうでありたいと幼心に望んでいたから。だからあの時も、彼が出掛ける時でも手放さないくらいに気に入っていたおもちゃを取り上げて、どっちが一番なんだと詰め寄った。
訊ねられた幼いタクトは一瞬泣きそうに顔を歪ませた後に、確か――こう言ったのだ。
「そんなのスガタに決まってるでしょ」
スガタと色違いのピンクのパジャマの腰に手を当てて、何言ってるの、と呆れ顔で目の前のタクトは零した。
「僕の一番はいつもスガタだよ、昔からね。スガタがどう思ってるかは知らないけどさ」
ビー球みたいに輝く紅い瞳を優しく歪めてタクトは淀みなく続ける。そうして腕を伸ばすと、抱えたぬいぐるみごとスガタを抱きしめてくすりと笑った。あやすような穏やかさで背を叩くタクトの手のひらの温かさがじわりと色違いのパジャマ越しに伝わって、ささくれ立っていた心が落ち着きを取り戻すのを感じた。
「うーん。やっぱりスガタじゃ抱き心地よくないな」
「…じゃあ、タクトが僕の抱き枕のままでいてくれよ」
「それどっちかなの? 選択肢少なすぎない?」
まあいいけどさぁ、と笑いを含んだ声が耳に届いて、スガタもぬいぐるみから手を離すと彼の背に腕を伸ばした。重力に従い落ちる白うさぎには気にも留めず、自分よりも幾分高いぬくもりを感受する。いつもと変わらず腕の中にある体温と先程のタクトの言葉が折り重なって、幸せに胸がいっぱいになる。
スガタにとってはタクトが中心で、タクトもスガタを一番に想っていてくれると言う。
昔も今も変わらずに、欲しい言葉ひとつで温かくスガタを包んでくれる。
喜びに満ちておかしくなりそうな心臓が煩くて、タクトに気付かれないようにスガタは小さく深呼吸すると、どうしようと、そっとひとりごちた。
幸せを感じれば感じるほどにきみを手放せなくなっていくなんて、もう何もかも手遅れじゃないか。


それでも一番でいたいのです



スガタ→→(略)→←タクトぐらいがデフォだといい双子です。でも恋人未満なのがミソなのです。
@11-0329
Andante*の唯さんがうさぎ抱っこなタクトを描いて下さいました…!ウチにはもったいないくらい悶絶かわいいので、唯さんのサイトにて是非堪能して頂きたいですっ

モドル
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