※いつもの双子


双子が喧嘩している。
登校も別々で休み時間も会話どころか半径一メートル以内は近付かない、不自然なほどお互い避けあっている。珍しいこともあるものだとワコを筆頭としたクラスメイトたちは興味津々の体でそんな彼らを見守っていた。
「ねえスガタくん、お昼どうするの?」
四時間目の終了を告げる鐘が鳴るなり、ワコはまず一番近い席であるスガタに声をかけた。ワコと双子の三人は幼馴染み同士昼食を一緒することが多いのだが、通学途中でパンを買ってから登校するワコと違い、弁当持参だったり購買で済ませたり時には食堂へ行ったりと、その都度変わるスガタたちに意見を聞いてから食事をする場所を決めるのが常なのだ。
話を振られたスガタは少し考え込む仕草をすると、ちらりと教室の窓側へと視線を流した。その先にいるのは片割れであるタクトで、同じようにスガタを見ていた……と言うより睨んでいた。
「今日は誰かさんがお弁当作ってくれなかったから購買で何か買って来るよ」
目だけはタクトに向けたまま、上辺だけの笑みを貼り付け殊更「誰か」を強調するようにスガタが答える。すると大きな音を立てて椅子から立ち上がったタクトがつかつかとスガタの眼前まで早足に近付き、童顔な彼にはいまいち似合わない腕組みをしてスガタを見下ろした。スガタの隣に立つワコには気にも留めず、苛立たしげに眉を寄せる。
「へえー、言ってくれるじゃん。そもそもの原因は誰かさんが話を聞かないからだろ?」
「はは、逆だろ? 僕はいつも通りにしただけじゃないか」
「だからそれが……!」
「ちょ、ちょっと一体何があったのよ!」
一触即発な気配にさすがに放って置くわけにもいかずワコが間に入ると、タクトも口を噤んで組んでいた腕を解いた。それを見てほっと胸を撫で下ろし、再び二人に問いかける。
「で、喧嘩の原因はなんなの?」
「……」
まるで母親のように訊ねてくるワコに、あからさまに気不味いと黙り込んだタクトとは対照的にスガタが口を開いて。
「ああ。タクトがおは」
「ちょ、ま、っ言うなバカーーーーッ!!」
ブンッ、と目にも止まらぬ速さでスガタの顔の脇ギリギリを何かが通り過ぎた。派手な音を立てて教室の扉に当たったそれが重力に従いばさ、と落ちるのをワコは目を白黒させながら見遣った。次いで、何事かと教室中の視線も集まる。
「教科書を投げるな。この近さで避けられるのは僕くらいだぞ」
「お前が正直に変なこと言おうとしたからだろ!?」
むしろ避けるな顔面に喰らえ、と憤慨した様子でタクトがスガタを指差す。普段ならそんな行儀の悪いことは絶対しない彼がそこまでするのだから、相当頭にきていることが窺える。
「…………」
でも何故だろうか。怒っているのは間違いないようなのだけれど。
(どちらかと言えば恥ずかしがってる?)
長年の幼馴染みとしての勘がワコに表面だけではない何かを訴えかける。取り乱すタクトの様子に照れ隠しのようなものを感じ取ってワコはひとり首を傾げた。
ワコが不思議がるその間も双子達の会話は続いて、真っ直ぐに通るスガタの声が「変じゃないさ」と零れ落ちる。
「僕にとっては大事なことだよ」
「……それは今朝聞いた」
真剣な面持ちで向き合って来るスガタに、さすがのタクトもぐっと詰まって溜息とともに呟き返す。
「でも、やっぱり……」
落ち着かなさを示すように大きな紅い瞳をきょろきょろさせて言葉を続ける。先程までの威勢を失いタクトが項垂れて見せれば、いつも元気良く跳ねている赤髪もこころなしか萎れて見える。
それを見てワコが、かわいいなあ撫でてあげたいなあと妙に母性本能を擽られていると、その隣の影が動いた。
「タクトが本気で嫌なら止めるよ」
伸ばした手のひらでしょんぼりした赤い頭をぽんぽんと優しく叩いてやりながら、スガタが少し残念そうに声のトーンを落として。
(はっ! これはいつものパターン……!)
双子との長い付き合いの中、同い年であり同姓であるからか何かと衝突しがちな彼らをワコは度々見てきた。
きっかけはそれぞれだが、タクトが一方的にスガタを突っぱねるところから始まることが多く、そうなるとスガタも敢えて片割れとは接触を持たなくなる。相手が冷静になるのを待っている、傍から見たらその行動はそう見えた。タクトの方も仲直りのタイミングを見失っているような節があって、突っ掛かって行くことでスガタの出方を窺っている風だった。
以前それについて、いっそスガタから歩み寄れば早く解決するんじゃないのかと聞いてみたことがあったのだが。
「放っておけばすぐ我慢できなくてタクトの方から来るから。本当、単純で可愛いよね」
とかなんとか非常にいい笑顔で仰っていたと記憶している。
タクトに対しては兄弟愛とか家族愛を軽く超えている彼らしい答えだと酷く脱力した思い出だ。タクトとの喧嘩もスガタの中では諍いという認識ではなく、可愛らしいと称する彼の一面を楽しむ為のものに過ぎない。
そしてその例に漏れず今回も、スガタの厭味に乗せられてではあったがタクトの方から声を掛けてきたわけだ。
話を聞き入れる状態にさえなれば、もうスガタの掌で転がされたも同然。勢いを削がれたところに下手に出て殊更優しく接する。そうなるとタクトも怒る気を失くし、完全にスガタのペースに持っていかれてしまう。裏表の無いタクトと裏表を巧みに使い分けるスガタでは、始まる前から勝負がついているようなものだった。
「い、やじゃない、けど……」
「けど?」
「…………」
続く言葉は消え入りそうに小さく発せられてワコには届かず、しかしタクトと距離を詰めていたスガタには聞き取れたらしく、まるで悪巧みが成功したような笑みを一瞬浮かべ――すぐにいつもの柔らかい笑みをその端正な面に刷いた。もちろん、俯いているタクトは気付いていなくて、ばっちり見てしまったワコや一部のクラスメイトは内心冷や汗を流した。全部スガタの筋書き通りなのだと思ったら、そんな怖ろしい人間から溺愛されているタクトを哀れむ気持ちすら湧いてくる。
「…………」
跳ねる赤髪を優しく梳いてスガタが二言三言タクトに囁けば、ほんのり頬を染めて何やら言い返している。
自身では認めていないが妄想癖のあるワコでなくとも既に痴話喧嘩にしか見えない二人の様子に、逆に恥ずかしくなるクラスメイト達はこの空気を断ち切るべく、始まって間もない昼休みが早く終わる事を強く願っていた。


ふかふかのベッドに潜り込んでうとうととまどろみ始めているタクトを横目にスガタも読みかけの文庫本を閉じると、彼に寄り添うように身体を横たえた。
落ちかかる目蓋に隠れつつある紅い瞳を見つめ、半日の間ほとんど傍にいなかったのを思い返せば、あまりの勿体無さに自然と憮然とした表情になって、タクトはそんなスガタに小さく笑った。
「ふふ、ひどいかおー」
「誰のせいだ」
ぼくー、とへらりと笑うタクトにスガタも思わず微笑む。
「これでもショックだったんだからな」
「……ごめん」
「じゃあ向こう一週間は朝も夜もタクトからしてくれよ」
「うぅ〜…わかった……」
重い目蓋に伏せ目がちになりながらタクトは少しだけ身を起こすと、スガタの顔にゆっくりと自身の顔を近付ける。そうして、さらりとした彼の頬に一度指を滑らせて、そっとその肌へ口唇を寄せた。
羽で触れるような軽い接触。
顔を離せば幸福そうに相好を崩すスガタが、照れて僅かに上気したタクトの頬に同じように口付けを返した。
「――おやすみ、タクト」
「……うん。おやすみ、スガタ」
再び寝転がるタクトをスガタが引き寄せて、互いに囁く。
すぐに眠気に耐えられなくなったタクトの穏やかな寝顔を間近に見つめながら、スガタは今朝のことを思い出してくすりと笑んだ。
「恥ずかしいからやらないなんて、少しは意識してくれてるのかな」
おはようとおやすみのキスは昔からの二人の習慣。ただの挨拶に過ぎないはずの行為はスガタにとっては特別で、タクトはもちろんそれを知らずに今まで続けてきた。
なのに急に拒否しだすなんて。
「……だったら嬉しいんだけどね」
タクトの額にかかる長めの前髪を掻き上げて、そこに柔らかいキスを落として。
これから一週間、赤くなりながらも自分からキスをしてくれるのだろうタクトを楽しみに、スガタも眠るべく目を閉じた。


繰り返される日常、その変化



人妻さんあたりに有ること無いこと言われてなんか恥ずかしくなっちゃったんだと思う。いい加減クラスメイト可哀想です…。
@11-0223

モドル
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