※何番煎じか分からないけど子タクト


琥珀色の液体が揺れる飾り気のない小瓶を手のひらに乗せ、オカモト・ミドリは思案していた。それもそのはずでこの液体、綺羅星十字団所属のイヴローニュことニチ・ケイトより贈られた効力不明の薬品なのだ。
『あなたの大好きな美少年に飲ませてみたら、きっと面白いことが起きるわよ』
そう意味深に微笑む彼女が何を考えているのかまでは読めなかった。
とりあえず“大好き”の部分がやけに強調されていたのは、以前ミドリが犯した失態を指しての厭味みたいなものか。
「面白いこと…ねえ……」
まさか毒物であるとは思えないが、効き目がわからない以上恋人であるツバサに使うことは躊躇われる。
――それなら、今日一番にここに来た男の子に飲ませてみようかしら?
コトリとデスクに小瓶を置くと同時に一時間目を終えるチャイムが鳴り響き、保健室へと近付く足音がミドリの耳に届いた。

「ス、スガタくん……! 大変っすっごく大変なの!」
三時間目が始まるというのに慌しくスガタの席まで駆けてきたワコは、荒い呼吸もそのままにそうスガタに詰め寄った。要領を得ないワコの言葉には首を傾げるしかないが、そのただ事ではない剣幕にどうしたのかと端的に尋ねる。
「えっとね、タクトくんがねっ」
「タクト?」
思いがけない名前にスガタは瞳を瞬かせる。
タクトといえば本日一時間目にあった体育でちょっとした怪我を負った為、友人のヒロシを同伴して保健室に行ったのだが。もちろん校医の手に負えないような大事ではなかったし、ヒロシもすぐに役目を終えて戻って来ていた。
確かに二時間目の授業にタクトは姿を現さなかったけれど、ちゃっかり保健室で休んででもいるのかと思っていたがどうやら違うようだ。
何かあったのか。やはりヒロシに任せず自分が付き添うべきだったとスガタは柳眉を顰めた。
「そのね、タクトくんが…」
「ワコ、落ち着いて」
混乱して言うべきことが纏まらずにいるワコをそっと諭して続きを促す。
そして妙な違和感に気付いた。
明らかに動揺しているワコだったが、その表情はショックで青褪めているというよりも歓喜で紅潮していると言ったほうが正しいものだったからだ。
「……ワコ?」
「あのね、落ち着いて聞いてねスガタくん」
いや、落ち着くべきはきみの方だろうという言葉はぐっと飲み込んだ。
「タクトくん、タクトくんね――小さくなっちゃったの……!」
正直、意味がわからなかった。

スガタがワコに連れられ保健室へと赴くと、丸椅子にゆったりと腰掛けたオカモト・ミドリ校医が出迎えてくれた。すでに三時間目は始まっていて不本意ながらサボる形となってしまったが事が事だ、致し方ない。
「あらあら、シンドウくんまで来てくれたのねぇ」
にこにことやけに上機嫌なミドリの様子にスガタは若干たじろぎつつも軽く一礼する。舐めるようにと形容するのがぴったりなミドリの視線は苦手だと心底辟易しながらも表情には一ミリたりとも出さない。
「オカモト先生、タクトくんはどこですか?」
「ああ、彼なら眠そうにしていたからそこのベッドで寝かせているわよ」
きょろきょろと辺りを見回すワコに答え、視界を遮るように張られた真っ白なカーテンを指差すミドリに断って、ワコがその白い布に手をかける。さっと開かれた先には、カーテンと同じく清潔な白を湛えたシーツと上掛けを乗せたベッド。そして、その上ですやすやと穏やかな呼吸を繰り返す小さな少年の姿があった。
年の頃は十歳になるかならないか、といったところだろうか。目を閉じていても幼く愛らしい顔立ちと少し癖のある夕陽色の髪。それらは確かにタクトの面影を残していた。
「ね、小さいタクトくんでしょ」
「あ、ああ……」
かっわいいよねーと暢気に幼い彼の頬を突付くワコに空返事して、スガタは半ば呆然とタクトと思われる少年を見つめた。どうしてこんな姿になっているのかとか、なんで誰も突っ込まないのかとか、疑問ばかりが頭を過ぎる。
けれど、疑問符に押し潰されそうなスガタの思考はすぐに吹き飛んでしまった。スガタの強い視線を感じたのかタクトがぱちりとその大きな目を開いたからだ。
「……タクト?」
寝起きでぼやけているらしい目を擦り、のろのろと上半身を起こしスガタを見上げてきたかと思うと幼いタクトはぱっと瞳を瞬かせた。
「っスガタ!」
「え――ぅわ」
スガタを認識するやいなやシーツを跳ね除け、ベッド脇に立っていたスガタの胸に飛び込んで来る。急な行動に驚いて倒れ込みそうになるのをどうにか堪え、スガタはその小柄な体を落とさないようぎゅっと抱き締めた。そうすると腕の中の幼い少年は楽しげに笑って。天真爛漫に体中から元気を溢れ出させるその様は間違えようもなくタクトだった。
「いいなあスガタくん。私もちっちゃいタクトくん抱っこしたいよ」
言葉通り羨ましそうに頬を膨らませるワコに苦笑いを返して、スガタの肩に手をかけ子供の視界とは違う高さからの景色を堪能していたタクトを見遣った。タクトもすぐに視線に気付いてスガタの琥珀の双眸を覗き込むように瞳を瞬かせる。
幼い仕草は、けれど成長した彼のものとも変わっておらず、スガタは安堵して目を眇めた。
今も昔も可愛いんだな――なんて本人が聞いたら怒るか赤くなるかとにかく反論を捲くし立てそうなことを考える。
とんでもないことが起きてしまったけれど、そうでもなければ知り得なかった彼の姿を見れたことは素直に嬉しいと思えた。
しかし、本当に。

「どうしたらコレ元に戻るのかな?」

スガタとワコ、そしてカーテン越しのミドリは、揃ってうーんと首を傾げるのだった。


ちっちゃくなっちゃいました



なんだか中途半端に。ついったのちっちゃいたくとさんのbotが可愛いくて2ヶ月くらい前に書いたのを発掘。
@11-0208

モドル
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