出口目前で戸惑う
恋愛疑似不感症の続編。
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恋愛なんてものは、生殖行為へ導くための言い訳であり、愛と呼べるのか甚だ疑問だ。だけど異性を愛するということは、一般的には恋愛をしているということになる。恋愛という言葉には愛という文字が入っているのだから、それは当たり前のことかもしれない。だが、私の中で気付かないうちに育った感情は愛と呼べるものなのだろうか。
それにしても…まだ高校生の分際で、恋愛に真の愛があるのかどうかを考えているなんて、自分は一体どうしたというのだ。恋愛なんてできないと思っていたのは、ただ自分に自信がないだけだと気付いてからというもの、私は恋愛そのものの心の重さを延々と考察していた。しかし、考えてみればみるほど分からない。とにかく私は、家康に恋をしている…らしい。そして最近は、何故か家康を避ける日々である。何となく彼の姿を見かけると恥ずかしいのだ。でも同じクラスの家康をずっと避け続けることは至難の業だ。5日目であっさりと捕まった。しかも人気のない廊下で。
「仲城、何故逃げる?」
「に、逃げてない」
「…ワシが、何かしたか?」
何かしたか、だと?よくも抜け抜けとそんなことが言えるものである。家康は優しいが、腹の底はどす黒いのだと最近気付いた。気付いたところで、私には逃げるしか対策がないのだけれど。
「知らない知らない!手、離して!」
必死になってそう叫べば、上から笑い声が聴こえてきた。どうして笑っているんだ、この人は。
「仲城、かわいいな」
ひとしきり笑った後に、家康は爽やかな笑顔でそんなことを言ってきた。どんなに爽やかに振る舞われても、今の家康には全く裏がないように思えない。単なる被害妄想かもしれないけれど、私の勘は危険信号を鳴らしている。
「何、いきなり…っ」
「顔が真っ赤だ」
「うう、うるさい!」
「反応が素直だな」
いや、今の私のどこが素直だよ。自分で思うのもなんだけど、心の奥底では殆ど答えが出ているのにあえて否定をしているのだから、全然素直じゃない。家康の素直の基準は一体何なんだ。
「前の仲城なら、もっと心を隠すのが上手かった」
「……」
「仲城は心を抑えるのに慣れていたみたいだから。だが、今は抑えられないんだろう?」
「何‥を…」
何だかこの流れは良くない。一般的には幸せなことなんだろうけれど、私の頭では良い方向に転換できないのだ。すごくドキドキする。嬉しいのか悲しいのか分からない。とにかく凄く恥ずかしい。顔の熱がさっきよりも上がっている気がする。家康の姿を見るのが堪えられなくて俯く。そして掴まれたままの手を無理やり離そうとしたら、逆に引っ張られた。そして、大きな体に包まれる。
「いえ…やす‥っ」
「ワシのせいか?」
「……」
「仲城が好きだ」
「……」
「嘘じゃないぞ?」
「……」
「何か言ってくれ‥」
さっきまで余裕の様子だったはずの家康の声が、少し弱々しくなった。彼も不安なのだろうか。しかし、私は何て答えればいい。仲の良い友人だったはずの家康が何だか凄く男の人に見える。いや、彼は正真正銘男の人なのだが、何て言い表わせばいいのだろう…あ、そうだ。少年ではなく、青年に見える。緊張はするけれど、彼の腕の中が凄く安心できるのだ。だけど、それを伝える言葉は“好き”でいいのだろうか?
「‥あのね、今凄く落ち着くかも」
「……」
「嬉しい‥のかもしれない」
「‥そうか」
「それとも、家康と同じで…好きって、言えばいいの?」
そう言うと、家康の腕の力が強くなった。ああ、そうか。好きという言葉でいいんだ。好きという感情は範囲が広いから自信がなかったけれど、余計なことを考えるから分からなくなっていたんだ。でも今の私の気持ちは、好きという言葉だけじゃ伝わらない気がした。だから無我夢中で別の言葉を紡いだ。
「傍にいたい、触れたい、他の誰にも渡したくない…何でだろう、家康」
後で思い返してみれば、このときの私は抱き締められていたせいで理性が吹っ飛んでいたのかもしれない。よくもまぁ、こんな恥ずかしいことを言えたものだ。家康が一瞬面食らったような顔をして、その後どんどん顔を赤くしていった。だが、段々と嬉しそうな笑顔に変わっていく。そして私の頭を撫でてきた。
やっぱり前言撤回。彼の腹の中は結構白いと思う。そんな思考に至ったのは、惚れた弱みなのだろうか。白いという結論がまた覆されるのは、もう少し後のことである。
出口目前で戸惑う好きだから分からない。だけど、分からないから好き。----------
2011.10.16
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