君と死逢わせ
ゾンビローンのパロですが、原作を知らなくても読めます。
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私は、もうすぐ死ぬ人の首に黒い輪っかが視えるという変な体質だ。正確に言えば、黒に近いほど死期が近い。大体は灰色に視えることが多い。もうすぐ死んでしまう人が分かるということに関しては、嫌な気持ちしかしない。実際に死ぬ原因なんて私には前以て分からないのだから、救う術が思いつかないのだ。だから誰の死期が近いのか分かっても、役に立つことなどない。
そしてこんな厄介な体質の私は、さらに厄介なことに巻き込まれることとなる。
ある日のこと、明日がテストなのに数学のノートを教室に忘れたので、私は暗い道を早歩きで進んでいた。そして教室までの近道になるからと、裏門から学校に入って裏庭を横切る。
誰もいないただの学校だ。何も怖いことなんてあるはずがない。ただ忘れ物を取りにいっただけなのに…どうしてこうなった。
今私の目の前には、低く唸る女性。その人の首には黒い輪っかが視えた。眼鏡をかけていると輪っかは視えなくなるので普段私は眼鏡をかけるのだが、今日は眼鏡が割れてしまって家に置いてきたのだ。だからはっきりと輪っかが視えてしまった。どうしよう、輪っかがあんなに真っ黒だなんて。あの女性はもうじき死んでしまうはずだ。それでも、放っておくしかないのだろうが‥。
女性は血を流しながら白目を剥いて私の方へ近寄ってくる。何だか不気味なので、本当は今すぐ逃げたい。だけど途轍もない恐怖感を覚えて足が竦む。じりじりと近寄ってきていた女性は、動けない私の方を向いて獲物を確定したかのように走り出す。そして私もその勢いにつられてやっと足が動いた。しかし傍にあったらしい石に躓いて転んだ。やばい、これは結構まずい。変な女の人に追われるだなんて予想だにしていなかった。…でも、あれは本当に人?
女性が間近に迫ってきて、咄嗟に目をぎゅっと瞑る。そのとき、
「ふん、ただの小物が」
そんな声が聴こえた後に、銃声の音が鳴り響いた。ここは日本のはずなのに、どうしてそのような音が聴こえるのだろうか。いや、それよりも今は、こちらに向かってきた女性はどうなったのかを確認したい。
覚悟を決めてそっと目を開くと、女性はさっきよりも血塗れになって倒れていた。う、嘘‥死んでる…?倒れている女性から、私は急いで数歩離れる。
「貴様、何をしている」
男の声が聴こえた方を振り向くと、そこには…
「あれ‥‥毛利くん?」
最初は暗くてよく見えなかったが、彼がこちらへ近付いてきたので分かった。彼は同じクラスの毛利くん。クールで近寄りがたい雰囲気を持っているので、今まで話したことはなかった。
彼が傍で立ち止まり、顔がよく見えるようになったので見上げてみた瞬間、私は自分の目を疑った。彼の首にも、黒い輪っかがあったのだ。今まで学校では眼鏡のお陰で気付いていなかった。
「なっ何で‥‥うそ…」
その毛利くんは右手に銃を持っていた。…つまりこの女性を、毛利くんが撃った。毛利くんが…ころ‥した?
私は脱力してその場へ座り込む。どうしよう、クラスメートの殺人現場を見てしまった。しかもその当の本人も、もうすぐ死んでしまう。
「今のを見ていたか」
動揺している私を横目に彼は言う。
「は、はい……え?あ、いや別に何というか‥っ」
「そうか、ならば貴様も殺っておくか」
「は、はぁ………ぇえ!?」
ちょっと待って、今この人何と言った?やっておく?もしかして‥‥殺すってこと?
「わ、私は人殺しの現場なんて見ていません!」
「‥見たのだな」
「じ、銃声なんて聴こえていません!」
「聴こえたのだな」
毛利くんははぁと溜め息を吐いて、仕方ないと呟きながら銃を掌の中へ仕舞った。…え、掌の中?何故銃が彼の掌の中で姿を消したのだろうか。彼は魔法でも使えるのか。物凄く謎だ。もうわけが分からない。
「そもそも、さっきのが人に見えたか?あれは違法ゾンビだ」
「違法‥ゾンビ?」
「既に死んでいた者だが、誰かの仕業によってゾンビ化している。こういった奴らに理性はない。生きている人間を平気で襲うぞ」
じゃあもしかして、私はさっき襲われかけていた…?
そう思うと、一気に寒気がした。つまり、毛利くんがいたから助かったということだ。
いや、でも今はそれよりも伝えなければいけないことがある。彼がもうすぐ死ぬということを。普段ならばこんなことを人に知らせたりは絶対にしない。気がおかしくなったと思われるからだ。だけど、毛利くんにはたった今助けられた恩ができた。信じてもらえるかは分からないけれど、教えてあげたい。私は意を決して口を開く。
「あ、あの…毛利くんの首に、」
「首だと?」
「う、うん…首に、黒い輪っかが視えて、ね。その…身体に‥‥気をつけた方が、いいかも」
ああ、やっぱり「あなたはもうすぐ死にます」だなんてはっきり言えない。これが私の精一杯だ。だが、毛利くんが今の私の言動でたちまち顔色を変えた。
「貴様…我の首の輪が視えるのか」
「え?はい‥‥」
もしかして、彼は首の輪っかの意味を知っているのだろうか。
返事をすると、毛利くんはその場で突っ立ったまま何も言わなくなった。そして暫くの後、彼は再び口を開く。
「おい、貴様の名前は何だったか」
「仲城夏月ですけど‥」
話したことがないとはいえ、私たちはクラスメートだ。それなのに、私の名前を覚えてもらえていなかったことに少し落胆する。
「仲城、我に付き合うが良い」
「え…!?」
「黒い輪を持つ者を、我と共に探せ」
何故探す必要があるのだろうか。それに、毛利くんはもうじき死んでしまうだろうに…。
しゅんとなって毛利くんの首を見つめていると、彼は余裕の笑みで言い放つ。
「我は死なぬ」
「…!?」
「何故ならば、我は既に死んでいるからな」
彼は黒い輪っかの意味を知っていたらしい。しかも、既に死んでいるだと…?一体どういうことだ。
「意味が分からないんですが‥」
「我もゾンビだ」
その言葉を聞いて、私は反射的に地面へ手を付いたまま後ずさる。ゾンビという言葉に過剰反応するようになってしまった。
そんな私の様子を見て、我は貴様など食わぬと言う。厳密に言うと、彼は違法ではない理性のあるゾンビらしい。そもそもゾンビというものをまだ信じきれてはいないが……さっきの女性のことを考えると、信じる方が身のためのような気がする。
「よし、では行くぞ。今宵の違法ゾンビ狩りの仕事はまだまだある」
毛利くんはそう言って、私の手首を掴んで立ち上がらせる。いや、ちょっと待った。私は学校に忘れ物を取りに来ただけなのだ。彼の手伝いをするためではない。それに、明日からはテストだというのに。
「む、無理ですよ…!私は教室に用があるんです」
「ならば、さっさと行って来い」
「その後は、家に帰って勉強しなきゃいけないんですけど」
「今更勉強か。我は試験前に慌てて詰め込むような、愚かなことはせぬが」
「うっ……わ、私だって慌てて詰め込んでるわけじゃないですけど、普通前日って勉強するでしょう!?」
「黒い輪を見つける方が大事だ」
「いや、テストの方が大事ですってば!」
それからというもの、毛利くんに振り回されながら黒い輪っかを持つ違法ゾンビを探す日々が始まった。私にメリットがあるのかどうか疑問ではある。
君と死逢わせ----------
お題配布元:route A
2011.11.29
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