空っぽな君と | ナノ

「あ、高杉先輩…?」


 久しく見ていなかった彼を見つけて、咄嗟に声をかけた。相変わらずのキューティクルを風に靡かせ、煙草をふかしている。


「……遥花か?」



 久しぶりとは思えない程あっさりしている彼は、1つ上の大学の先輩で、今年の春にはめでたく卒業し、今ではもう立派な社会人である。大学にいた頃は結構面倒見てもらっていて、一緒にご飯を食べに行ったりもしていた。
 何年も経ったわけじゃないのに、そんなことを懐かしく感じてしまう。


 仕事終わりなのか、ネクタイを緩めボタンも1つ多く開けている。学校の中ではスーツ姿なんて見ることはなかったから、少しだけ目の前の彼に魅了されている自分がいた。




「もっと喜んでくれてもいいじゃないですか!」
「何が嬉しくて喜ぶんだよ、タコみてェな顔しやがって。」
「タコ!?…それは失礼しました…黙りますよ、もう。」



 3ヶ月ぶりに会った可愛い(はず)の後輩にタコとは高杉先輩も失礼ですよね本当。
 ケロッとしているから、本当にそう思ってるのか定かじゃないけれど。
 学生生活が終わったら一気にクールさってのは増すものなのだろうか。これが大人になると言うこと?それとも、前からこんな感じだったのか?どちらにせよ、本当にクールな人なのだ。





「どうですか?仕事ってのは。辛い?」
「まだ何とも言えねぇな。大学の方が気楽で良かったが。」
「それなら戻ってきてくださいよ、高杉先輩がいなくてなんだか寂しくなりましたよ。」
「馬鹿言うな、アルバイト生活に戻ったら稼げるもんも稼げねぇ。」
「うーん……そうですか。働いてたらやっぱりそう思っちゃいますよね。」




 ふふっと笑って返したが、やっぱり彼の言葉はもう大人が言いそうな事ばかりで、少し離れてしまった気がした。ほんの少し寂しいなぁと思う。働くの面倒だとかなんとか言ってたのになぁ、って。
 背の高い彼を見上げていたら、不意に視線が合って、なんだか気恥ずかしくてしょうがない。それもそうか、こんな綺麗な顔してたらイヤでもドキドキしちゃうよね。
 大学の時は全く意識していなかったんだけどな。




 小せぇな、と馬鹿にしてくる高杉先輩すら愛しく感じてしまって、離れるってこう言う事なのかと改めて思う。よく言うよね、離れてから気づくこともあるんだよ、って。
 

 


「また明日から、会えなくなるんですかね。」


 現実を見て悲しくなって呟いた言葉は、迷惑だったかもしれない。
 こんな気持ち、きっと彼に会わなければ生まれなかったと思う。人間というのは困ったものだ、本当に。特に私みたいな気持ちを隠し通せない人間ってのは。
 

 私の言葉を聞いた彼は、一瞬固まったが、またいつも通りに戻った。そして少し困ったような顔をしていた。笑ってるようにも見えなくはないが、よくわからない。
 なんにせよ、ギラついた街の逆光で顔がよく見えないもんだから。




「んなことねぇさ、死ぬわけじゃあるめぇよ。」
「…そう、ですね。死にませんよ、人間死んだら終わりですもん。それにまだ死にたくないし?」
「おめーは相変わらず犬みたいな顔してんな、遥花。」
「犬っ!?え、タコの次は犬ですか!?昔…てか、大学いる時から犬は言われてたけども!」
「うるせぇよ、吠えるな。お手でもする気か?」
「そんなに吠えてないです!お手もしません!盛って話すのやめて下さい!」




 やめて下さいなんて言いつつも、変わっていない部分を見つけたら、嬉しくってしょうがなかった。
 いつもこうやってお話ししてたなぁ。思い出すと自然と悲しくなってくるものだ。楽しい思い出なんてものは特に。戻れないんだもの。



 雑踏しか聞こえない空間に、どうしたものかと俯けば、頭に何かが触れた。これは多分、この感覚は多分。



「…また犬扱いですか?」
「んな悲しい顔してるやつになんて言えばいいか分かんねぇからな。」
「恥ずかしいです絶対見られてます。」
「頭撫でるくらいどうってことねぇだろ。」



 この人こんなに人の頭優しく撫でられるのか。今日一番の驚きかもしれない。初めてこんなことされたから、もっとなにを言えばいいか分からなくなった。どうしてくれるんだこの野郎、と心の中でだけ呟く。
 



「高杉先輩。」
「なんだ。」
「…また、会いましょうね。忙しいと思いますけど。」
「ああ。」




 結局の所私はきっと、その返事が欲しかっただけだったんだろう。


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