「鏡の中のお姫様」より * 高杉視点
「遥花。」
スースーと静かに寝息を立てる遥花。何度か声を掛けたが、一向に起きる気配はない。
相変わらず綺麗な顔をしていて、本当に寝顔まで可愛い。サラサラとした髪に色白な肌。こうも静かだと人形みたいだ。そう言えば、今まで染めたことのなかった髪の毛を少しだけ茶色くしたのが最近の嬉しいことなんて言っていた。
昔からたまに思うことがあったが、なんでこいつが俺に懐いていたのかはよく分からないし、何がきっかけで話すようになったのかもイマイチ覚えていない。多分この感じだと大したことじゃなかったんだろう。
一緒に飯を食ったり、ちらほら出掛けるようになったりして少しずつ仲良くなったことに間違いないけれど。
いつもニコニコしていて笑った顔の可愛い遥花は、大学にいた頃は妹のような存在だったが、少し会わない間に随分と綺麗になっていた。そして大人になっていて、少しだけ何か目に見えないものが離れてしまった気がした。
きっとあの時再開していなかったら、こんな状況になることは無かったんだろうなと思うと少しゾッとする。
なんだかんだ今を楽しんでる自分がいて、ほんの少し、遥花に複雑な感情を抱いている自分がいて。
こんな俺が言うセリフでもないが、何故こんなにも男の前で無防備でいられるのだろうか。他の男には差し出してやれねえ、心配でならねえ。
柔らかな髪にさらりと指を通すと、んっ、と小さく息を漏らした。
「遥花?大丈夫か。」
ソファにぐだりと寄りかかりながら、眠気まなこでおぼつかない視線をこちらに向ける。
「寝ちゃいそうです。」なんて、寝ていたくせによく言うものだ。
頬にまだ少し赤みが残っている彼女だが、店を出た直後よりは体調は良くなっているように見える。
ひとまずその短めのスカートは目のやり場に困ると思い、自分の持っているグレーのスウェットを渡した。サイズが女物よりはでけぇから着れるかどうかは別として、一応。
「気使わせちゃってすいません。私このままでも大丈夫ですよ?」
「大丈夫もクソもあるかよ。俺が勝手に持って来たんだから謝る事ねぇだろ。」
少し申し訳なさそうに、ありがとうございます。と言った遥花は相変わらずである。仲は良いはずなのに、控えめなところも変わらない。そんなに遠慮することねぇのにと思いながらも、遥花なりのペースがあるのは重々承知な訳で、別に口酸っぱく何かを言うわけでもない。
なんなら、そんなところが可愛いなんて思って、無意識に彼女の頭をぽんぽん弾むように撫でていた。遥花も遥花で自分では隠しているつもりだろうが、顔が赤くなっているのがすぐに分かった。
「シャワー浴びるか?」
「へぇっ!?」
「どんな返事だよそれ、びっくりするだろうが。」
「あ、あはは、すいません。」
焦って変な声を出した遥花が面白くて、お風呂までいいんですか?と恥ずかしげに言う遥花に、構わねぇなんていいながら思わず笑みがこぼれた。顔を赤くしながら、笑わないでくださいよ〜とボソボソ言う遥花も、なんだか愛しく思えてしまう。
「何から何までありがとうございます。お言葉に甘えてシャワー借りちゃいますね。」
「洗面所にタオル置いてあるから勝手に使ってくれ。」
「はあい。」
ゆるく返事をした遥花の後ろ姿を横目に見送って、ソファに腰掛けた。
愛しいってのはどんな感情なんだろうな。そんなことを考えて、迷宮入りしている自分が馬鹿みたいだ。
いや、もしかしたら本当は気づいているけれど、知らないフリをしているだけってのもあるかもしれない。気づいてしまったら傷ついてしまうんじゃないかなんてくだらない事を考えている臆病な自分もいて、女々しいにもほどがある。
気持ち悪いなんて、自分に対してこんなに思ったことはないかもしれねえ。
「どうすりゃいいんだか、」
自嘲気味に笑った声は、誰にも聞こえていないだろう。