「げ、シズちゃん...」
ふと、振り返った先に見慣れたバーテン服を見つけた。あぁ、やばいなと直感が告げて走り出そうとして、気づく。
俺とシズちゃんの距離がそう離れてはいないのだ。
おかしい。
だってここまで近かったら、気づくのだこの男は。俺がどれだけ気づかないことを願っても、わざとさけてもこの、平和島静雄というバケモノは気づくのだ。
不思議に思って、その後ろ姿を見つめた。すると、偶然なのかなんなのか、金髪が太陽の光を反射しながら揺れて。
確かにこちらを、向いた。俺の見間違えでもなく、確実にこちらをむいた。
「...っ!」
条件反射のように、無意識のうちに後ろに下がった。逃げようか、と足に力を入れたけれども結局足が動くことはなかった。
平和島静雄は、俺の方を見たのにそのまま何もなかったように再び前を向き、歩き出した。
ただ、サングラスごしに見えた目が、揺れていた気が、した。
「...し、ず...ちゃん.....」
シズちゃんの背中が人ごみに消えそうになるほど、小さくなったところで体が弾かれたかのように動き出した。
心臓が、うるさい。冷たい汗が流れる。
シズちゃんが俺を無視、することなんて今まで一回もなかったのだ。逆に俺の方が無視すればいいのにと思うほど、必ず俺を見つけて、追いかけてきてそのたびに俺は逃げた。
学習したのだろうか、とは思ったけれど、違う気がする。揺らいだ、目。確かにこちらをみたのに、まるで。
まるで、俺を認識していないかのような、そんな目だった。
「...ねぇシズちゃん、なにどうしたの?俺を無視できるくらい大人になった?」
走って、走って、ようやく横にならんで問いかけて見たけれど返事はない。
頭の中で冷静な自分が、言う。シズちゃんなんて放っておいて、仕事をしろ、と。
俺が仕事をする以外で、池袋に居る意味などないのだからと。
そして、生まれる一つの、疑問。
「....あれ。俺なんで池袋にきたんだ...?」
今日これまでの記憶も、どうやってここまで来たのかも、何のためにここに来たのかも、分からない。
どうやって記憶を辿っても、シズちゃんの姿を見つけた以前の記憶がないのだ。
そこでブツリ、と切れてそれ以前のものは....?
昨日どうしてたかも、わからない。ただ過去の記憶が存在するだけでそれがいつの物なのかも、わからない。
「っ.....シズちゃん!」
思わず、叫んだ。声を大にして、隣を終始無言で歩く男の名を。
体の中で、何かがうごめく。暗くて、どこか冷たい、なにか。
俺の動きを止めようとするかのように、俺の体を蝕むように侵食して。
何がいったいどうなってるんだと、震える指を押さえて考えるも、答えはなにも見つからない。
必死に思考回路を巡らせる俺をよそに、シズちゃんが歩みをとめた。
どうしたのだろうかと思って、前を見上げて気づく。
そこは新羅のマンションの前で。でもみたところシズちゃんはどこも怪我をしていない。
ならば、なぜ?とまた一つ疑問が増える。
「ね、一体どうしたっていうんだい?」
無言のまま、足早に進むシズちゃんの後ろから声を掛けた。もう答えが返ってくることなど期待してはいないけど。
一歩、一歩新羅の家へと近づくにつれて、心が悲鳴を上げ出す。
まるで、俺にこれ以上先へ進むなと言うかのように。心が、揺れる。
得体の知れないなにかが、俺のあとをつけまわす。.......にげ、られ..ない.....?
「...新羅...」
「......早かったね。」
「あぁ。」
シズちゃんがドアを壊すこともなく、インターホンを押して、そして新羅が内側からドアを開けた。
普通であるはずなのに、異常な光景。いつもの俺なら笑ったかもしれないけれど、今の俺は笑みさえ浮かべられないほど、動揺していた。
何かがおかしい。新羅も俺の存在に気づくことなく普通にシズちゃんを家の中に招き入れて、玄関に近い方から二つ目の部屋のドアを開けた。
「....何かあったら呼んで。」
「....」
「...すまない、運ばれてきたときには、もう....」
「お前が謝んなよ、...自業自得だろ。」
部屋に一歩足を踏み入れて、俺はそこで身動きが取れなくなった。
そんな俺とは反対にシズちゃんはすっと、ベットの横まで歩いていって、静かにそこに座った。
そして、その手を伸ばして、ベットの上に存在するものに触れた。
「....ざまぁねぇな。余計なことばっかして生きてっから殺されんだよ。」
薄暗い部屋の中にシズちゃんの声が反響する。誰もいない部屋にその声が響く。誰もいない、部屋に。
シズちゃんらしくない、静かで落ち着いた声が。
表情は見えないけれど、泣いているのかもしれないと思った。背中が、震えている。
握りしめられた右手の掌が、床にたたきつけられて、鈍い音が、する。
「手前は馬鹿だ。...なぁ、臨也。」
その声は、完全に震えていた。何もない部屋、ベット以外なにも、ない部屋では、そんなシズちゃんの声さえも響いた。
ようやく全てが繋がった俺は、静かに涙を流すシズちゃんの横にそっとしゃがみ込んだ。
『...なんで泣いてるの、シズちゃん。君が憎んでた俺が死んだんだよ?...嬉しくないの?』
「...手前は最後の最後まで最低だ....っ」
『ねぇ、もっと喜んでよ。』
「...好きだ、臨也...俺は、お前が、っお前のことが...」
『馬鹿だなぁ...』
そっとシズちゃんの金髪に触れた。もちろん触ることはできなくて、俺の手はシズちゃんを通り抜けた。
綺麗な涙をぽたぽた落としながら、シズちゃんが冷たくなった俺の頬に触れた。
もったいないなぁ、きれいな涙なのに、そんなにいっぱい落として。
「何勝手に殺されてんだよ....」
『仕方ないでしょ、不意打ちだったんだもん。名前呼ばれて、振り向いた瞬間にバンって。』
「...お前は俺が殺してやる予定だったのによ...」
『それは残念だったね。』
「なぁ、臨也。...なんで......」
その言葉の続きは音にならなかった。唇をかみしめて、頭を横にふって。
シズちゃんはそっと俺の唇を塞いだ。
シズちゃんの頬を伝った涙が俺の頬に落ちるのが見えたけど、なにも感じなかった。
濡れた頬の感触も、唇の感触も、なにも。
『...シズちゃん、』
「...、くそ...」
『シズちゃんの唇って普通の人みたいに柔らかいのかな?』
「........っあ.....」
『...もっと早くにそうしてほしかったなぁ...』
「っあぁぁぁぁぁぁぁ、...」
シズちゃんが泣きながら俺の体を泣くのを、俺はシズちゃんの隣で見ていた。
頬を伝う涙は、暖かくも冷たくもなかった。
もう、何も感じない。何も触れない。シズちゃんに触ることも、その目に映ることも。もう...
『愛してるよ、シズちゃん。』
すぐ隣にいるのに、俺の名前を泣きながら呼んでいるのにシズちゃんはこちらを向くこともなく、冷たい人形と化したそれを大きな体で包みこむかのように抱いた。
そんなシズちゃんの頬に、触れることさえ許されないキスを、ひとつ落とした。
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死ネタ連続してごめんなさいぃぃぃぃぃ
明るいの書くはずだったんですがどこかで間違ったもようです
...次はちゃんと明るいの書きます
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