池袋の街が赤く染まる。
沈みかけた夕陽がまるで、ぐつぐつと沸騰しているかのように。
街も人も、僕の心も煮えたぎる。どろどろとしたどす黒い何かが僕の心を蝕む。

アスファルトに映る黒い影が揺らいだ。




苦しい。息ができないくらいそれはそれは紛れもない、くるしさ。
制服のカッターを握り締めてみたが、それはなんの意味もなさない。
心をずたずたにナイフで引き裂かれるような、そんな痛みまでも襲ってきて。
道路の向こう側のあの人の手が、触れた。
優しく、慈しむかのように、触れた。
柔らかく、ふんわりとした長い髪を綺麗に巻いた、おそらく僕とたいして変わらないくらいの年齢の少女の頬に。

臨也さんの指が、触れた。


その瞬間、まるで呼吸の仕方をわすれてしまったかのように息ができなくなった。
これじゃ岸に打ち上げられた魚と同じ。でも仕方ないじゃないか。
僕は臨也さんの愛と言う名の海の中でしか生きれないのだから。
そうしたのは、紛れもなく彼だ。
僕の存在に気づくことなく、今、現在進行形で、僕の知らない少女に微笑みかけている彼だ。

乱れる息を、半ば意地で落ち着かせる。
かすみかけていた視界が少しクリアになって、だんだんと思考回路が開く。


ねぇ、臨也さん。その人は誰ですか?
またいつもの遊びですか?僕この前止めてくださいって言いましたよね。
何も知らない、少女。臨也さんの本当の性格も何も知らずに、ただ偽りの笑顔に踊らされて
そんなことにも気づかずに臨也さんの隣にいる、少女。


そこは、僕の場所なのに。
臨也さんの隣は僕だけの、僕だけの特等席なのだ。誰であってもそこに座ることは許さない。
そう、許さない。絶対に許さない許さない許さない許さない、絶対に、許さない。


僕は臨也さんに全てを捧げた。
友人も、なにもかもを捨てて、臨也さんだけを見てきた。
この体も、この心も全て臨也さんのものだ。


でも、もしかしたら臨也さんにとっての僕はあの少女と同じなのかもしれない。
完全一方通行。僕は臨也さんの物なのだから。
もしかしたら僕と臨也さんの関係はただの子どもの人形劇に過ぎないのかもしれない。



向こう側とこちらを繋ぐ信号が青に変わる。楽しげな笑い声がどこかで響く。
一歩、足を踏み出した。
また一歩、一歩と進みだす内に軽くなる足取り。いつの間にか口元には笑みが浮かんでいた。


遊ばれ、弄ばれていたのだとしてもそれでもいいと思えた。
それは開き直りでもなんでもなくて、臨也さんが数ある人形の中から僕を選んでくれたのだから。
僕は臨也さんのもの、臨也さんの、臨也さんだけのお人形。


人形劇は終焉を迎えていないのだ。
この劇が終わるまでは僕は臨也さんの恋人。

嬉しい、苦しい、愛、憎しみ、悲しみ、歓び

そんな感情が一気に広がる。僕は臨也さんの恋人。
だから僕は臨也さんのもの。


臨也さんはだれのもの?
僕のものなのかな?恋人だもんね、恋人なんだったら、僕のものですよね。
臨也さんは僕だけ見てればいいんですよね。よそ見をしてる時間があるのなら僕だけを見てくれなきゃ、僕だけをその目に映して僕だけにその歪んだ愛を。
違うものを映す瞳はいらない。僕以外を考える頭もいらない。


「大好きですよ、臨也さん。」


愛しい彼に全てあげた。僕の持っているもの全てを。後悔なんかしていない。
だってそれは僕から臨也さんへのプレゼントなのだから。臨也さんの好きに使ってくれて構わない。


僕に背を向けていた黒いコートが振り返る。と、同時に赤い目が驚いたように僕を映す。

帝人くん、と大好きな臨也さんの声が空気を振動させる。


「臨也さん、愛してます。」

「なに...どうしたの?なんか変だよ?...ってちょ...っ!?」

「臨也さんのナイフが羨ましいです。ほとんどずっと一緒に居られるなんて...」


臨也さんのコートから、彼がいつも常備しているナイフを取り出す。
臨也さんが仕事をするときも、静雄さんと喧嘩をするときもずっとずっと一緒。
...恋人の僕よりずっと、一緒なんて。


許さない。


「臨也さん大好きです愛してます、愛してますよ。」

「...ね、一旦落ち着かない?」

「臨也さんは僕だけを見ててください。僕は臨也さんだけを見てます。この心も、この体も全部臨也さんのものです。
僕は臨也さんのもの。だから、幕が下りるその時までは臨也さんは僕のもの、ですよね...?」

「っう、あ゛....」

「舞台に上がるのは僕たちだけで良いじゃないですか。脇役なんていらない。」


きらりと、夕日を反射するナイフは臨也さんの脇腹へと吸い込まれた。
溢れ出る、血の赤。それは飛び散って制服も、僕自身もなにもかも赤く染める。
大好きな臨也さんの血、そう思うと嬉しくて、血で濡れた手を頬に当ててみた。
生温かいその感触に、自然と笑みが零れる。


「ずっと、一緒ですよ。臨也さん。....劇が終わる時までの愛なら、劇を終わらせなければいい、ってこと、ですよね?」

「...っ。みか...ど...く....」

「大丈夫ですよ、僕も一緒ですから。」


力なく崩れた臨也さんの隣に座って、臨也さんの手を取ってナイフを握りなおす。
そして臨也さんと同じ場所に突き刺す。
皮膚が避けて、肉に突き刺さる感触。まるで焼けるような痛さだけれど臨也さんと一緒だと思うと、嬉しい気持ちのほうが勝る。



「これからもずっとずっと一緒ですよ。」



そのまま臨也さんに体を預けて目を、閉じた。
聞こえる、悲鳴。おそらく臨也さんと一緒にいた少女のもの、なのだろう。
渡さない、絶対きみには渡さない。君以外の誰にも、臨也さんは渡さないと手探りで臨也さんの手を探して握り締める。
きつく握ると、かすかに握り返されたその手にそっと唇を落とした。



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3センチの距離 の
つっきに捧げさせていただきました(*´∀`)
...断じてこれはヤンデレではない!!
  


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