遠くから聞こえる楽しそうな声が校舎内まで響き渡る。時々笑い声に交じってボールがはねる音がした。

あぁ、きっと中庭で活動してるテニス部だろうなと思い、ちらりと時計をみた。俺は部活動なんてやったことないから、それが楽しいのかどうかはしらない。



ホームルームが終わってから長い針は一周した。ならば早く帰ればいいのでは、というのはもっともだけど、帰るよりも今の俺はここに残ることの方が楽しいと思った。

今日は風が冷たい。というか今日もだけど。今年はどうやら平年より気温が低いらしい。


そろそろ空気の換気もやめようと開けっぱなしの窓に手を掛けた。冷たい風が心地よい。すこしききすぎた暖房で熱った頬がゆっくりと冷えていった。



チクタク、と普段はクラスメイトの声にかき消される時計の秒針の音が茜色に染まる教室に反響した。





「.....寒い....。」



「あ、ごめん!」





小さな声が教室に響き渡る秒針の音にのせられた。呟くような、ぼそりとしたその声は嫌いじゃないし、むしろ好きだ。

明るく元気いっぱいというのが高校生なのかもしれないけど、こういった落ち着いていて低い声の方が安心する。

振り向くと机に突っ伏した状態のまま顔だけをあげたドタチンと目があった。ドタチンは、周りと比べても大人びていると思う。

授業中こっそり様子をうかがってもたいがい上半身を窓側の壁に預けて本を読んでいることが多い。冬の太陽がいい感じにドタチンを照らしていて、その横顔に思わずどき、とした覚えがある。

ドタチンは優しいし面倒見がいい。それに俺とシズちゃんの仲裁をしてくれる唯一の人物だから、クラスメイトからの信頼も大きい。





「....どうかしたの?」



「.....」



「ドタチン...?」




窓を閉めて机の近くに椅子をひいた。その間もじっと俺を見てくるものだからどうしたものだと顔を覗き込んだ。

2、3秒そのまま俺をまっすぐ見つめてから、なんでもないと視線を外した。言いたいことがあるなら言ってくれればいいのに。

俺にまで気をつかわなくてもいいのにと寝癖のついた黒髪を撫ぜた。俺はエスパーじゃないから心のなかで思ってることとかはわからないから。ドタチンは多分しっているのだろう。表面上には出さなくても、本当は俺が些細な言葉で傷つきやすいことを。
だから、なにも言わない。ドタチンは優しすぎる。

仮にも恋人、という関係なのだから。俺はドタチンになら何を言われても大丈夫。
いや、さすがにキライとか言われたら傷つくけど、そういうこといがいなら大丈夫だ。




「ね、ドタチン?」



「......臨也....」



「ん?...っ、」





再び覗き込んだ瞳が一瞬揺らいだと思ったら、唇に感じた暖かい温もり。状況が飲み込めずに思わず瞬きを数回繰り返した。

至近距離にあるドタチンの顔。その瞳に俺が映っていた。





「.....ちょ、え...!」



「....お前が.....」



「えなに?おれなんかした..?」



「……」





それっきり黙ってしまって思わずどうしようかと頭を抱えた。

とりあえず、と椅子を降りてドタチンの胸に顔を押し当てた。するとゆっくりと手が伸びてきて俺の頭を撫ぜる。

あぁ、これじゃ親子みたいだなと思った。



しばらくそのまま頭を撫ぜてもらいながらドタチンを見上げる。無理矢理に問いただそうとしたところで、逆に口を固くしてしまうことは経験済みだ。

それならどれだけ時間がかかっても口を開いてくれるのを待つ方がいいに決まっている。


再び教室内に響く時計の音。沈黙が5分ほど続いたあとようやく重い口を開いた。再び椅子を寄せて、俺はドタチンの顔を見つめた。





「最近、静雄と喧嘩してばっかりだな。」



「….え、」



「学校に来たかと思ってらすぐに静雄にちょっかいだして、昼だってあいつと喧嘩だろ。」




「え、ちょ…えぇ!?」



「…あんまりそんなことするな….。傷だらけじゃないか。...それにお前は俺の傍にいればいいだろう?」





それだけ言い放つとドタチンは急に俺の手を引いた。最後だけ、少し不機嫌そうな声で呟いてから。予想外な発言によって力が抜けていた体は簡単に引き寄せられた。ドタチンの手が俺の背中にまわされる。





「ちょ…ドタ、チ!!」



「はは、どくどく言ってる。」



目の前のドタチンが口端をあげてと笑う。いつものドタチンだ。

どうやら俺を抱きしめたことで機嫌も治ったらしく、今は俺の心臓に耳を押し当てている。

でも、瞳のなかで微かに揺れる不安を見たような気がした。




「....俺が好きなのは、ドタチンなんだからね。」


「...あ?」


「......だから、その、....俺すぐにシズちゃんのとこに行くけどそれは単に殺したいだけだから、そのドタチンと居たくないとかそういうんじゃ...!」


「あぁ、わかってる。ありがとな。」



あぁ、いつもなら勝手に回る口は肝心な時には回ってくれないようだ。ホント最悪。
だんだんしどろもどろしてる自分が恥ずかしくなって頬が熱い。


「臨也、好きだ。」

「...うん、俺も。」


そんな俺をドタチンは抱き寄せて、優しいキスをひとつ鼻先に落として笑った。


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久しぶりのドタイザ!
  


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