「ねぇ、」


シズちゃん、と名前を呼んだ。冬の学校の屋上はあまりにも寒い。そう寒すぎるのだ。
だから、こんなことを.....こんな感情を持ってしまうのだと、折原臨也は少し目を細めて自分に背を向ける平和島静雄を見つめた。


かじかむ指が痛いと叫ぶ、それを無視してシズちゃんへと手を伸ばす。その距離が数センチになったところで俺はその手を止めた。
止めた、というよりかは実際それ以上近づけないんだ。俺とシズちゃんは遠い。

人とは思えないような力を持つシズちゃんと、歪んだ考えを持つ俺。お互い異質なのだから分かりあえる、とも考えられるけど
俺のシズちゃんが愛交えることは、ない。同じ場所に立っているのに俺たちは別の方向を見ているんだ。


「....あぁ?」

「...やっぱいいや、なんでもないよ。」


本当は触れてみたいのかもしれない。シズちゃんの心に。


俺はシズちゃんが好きだ。人類へと向ける愛とは比べ物にならない感情を俺はシズちゃんに抱いてる。
でもそれを伝える気も、どうする気もない。だってシズちゃんは俺の愛を受け入れてはくれないから。
だから、傷つける。
愛を共有し合えないのなら、憎しみを共有すればいいじゃないか。それに、俺は傷を生みだす愛しかしらないからね。

よく新羅は言う。
俺の人への愛は愛ではない、と。

俺はいつも答える。
優しくて暖かいものだけじゃ愛ではない、と。
だってそうじゃないか。好きで、好きで、自分の命より大事なもの。
砂糖のように甘い記憶なんて、すぐに上書きされる。
俺は忘れられるような存在にはなりたくない。できるなら永久にシズちゃんの記憶の中に存在し続けない。

だからシズちゃんを傷つける。
平穏を望む彼の日常をわざと荒らして。シズちゃんの中に俺以外の人はいらない。
シズちゃんは俺だけを嫌って、俺だけを憎んで、それで俺のことを考えてればいい。眠りに落ちる寸前も、朝目が覚めたときも俺だけを想って、生きて。


ふと、自分の両手を見つめた。
白く、血の気のない掌の小指の根元の赤。喧嘩をしたときに切れてできた線。
もし、赤い糸がみえたら、シズちゃんを縛って捕まえて。離さないのに。
それで、______


そこまで考えて折原臨也は自嘲気味な笑いを零した。


これじゃ、夢見ることを止められない、世間的に言う重たい女と同じだ、と。



「.....何の用だよ。用もねぇのに俺の前に現れんな。」

「はは、ひどいなぁ。別に一緒にいるオトモダチなんていないんだからいいじゃないか。」

「黙れ。」


目の前にある、静雄の顔が歪む。

触りたい、と思った。シズちゃんに触って、なぞって。この冷えた指先を温めて欲しい。
体中が、叫ぶ。好きだ、愛してると。
一度叫び出したそれは止まることをしらない。胸が、痛い。息が、苦しい。

自分の感情が溢れて、もう壊れそうだ。
柄じゃないのにね。

全部シズちゃんが悪いのだ、と無理矢理にその感情に蓋をする。
シズちゃんが人間だったら、特別なんてできなかったのだから。

全人類を平等に愛し続けることができたのだから。


叶うことのない愛を抱えて生きる覚悟、なんて俺にはないから。
だから、と俺は震える指先でこの感情に鎖を掛けた。

シズちゃんを赤い糸で縛ることを夢見た指先は無機質な鎖で自らの心を縛った。


「シズちゃん」

「だからなんだってんだ...」


がちゃん、と鍵が締まる。手の中の鍵は溶けて、消えた。
もう俺は自分では開けられない。どれだけあがいても、叫んでも自分のおしこめた感情は解放されない。


「大嫌いだよ。」


唯一鍵を持つ人物は俺の目の前で不思議そうに眉間にしわを寄せた。



頬を伝う、何かを。俺は知らないフリをした。


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desireの意味、願望、欲望
静雄さんと臨也さんの間の感情は
8割の殺意と2割の愛情でいいと思います。
  


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