「おいノミ蟲」

「.....が....」

「あぁ?」

「違う....そうじゃ、ない」



そうじゃないんだよ、と今にも消え入りそうな声で呟いて目の前の男は手で顔を覆った。
不思議に思って思わずそいつの横に突き刺していた標識を地面に下ろした。

新宿を拠点とするこいつに会うのは3週間ぶりだった。一応恋人という関係ではあるが俺もこいつもそんなにこまめに連絡をとる方じゃねぇ。
久しぶりに黒のコートが視界の端で翻されたのを見て追いかけて見ればこれだ。
右手に握られているナイフは俺を傷つけるのではなくなぜか臨也自身の掌を傷つけている。
真っ白な肌に血の赤が映えて痛々しくて仕方ない。どうにかナイフを奪おうと声をかけてみればこれだ。


「......ほら、手離せ」

「......シズちゃん、シズちゃん、シズ.....ちゃ.........」

「手前いい加減にしろよ!!」


強引に臨也の手からナイフを奪って粉砕する。ひとまずため息をつくが目の前のそいつはやはり様子がおかしい。
どうしたもんだと頭を抱えたくなるのをこらえて肩に触れた途端、臨也の体はぐらりと揺れ崩れるように俺の腕の中におさまった。


「おい.......」

「シズちゃ......お願い.....」

「......あぁ?」


ふと、臨也の顔があげられる。いつも鋭い光を放つ赤い目は今日は濡れてぼろぼろと涙を零す。無意識のうちにその滴を舌でなめとれば、臨也が俺のシャツをきつく握り締め懇願した。


「呼んで.......」

「.....何、を.....」

「俺の名前.....ちゃんと呼んで」


それだけ告げると臨也は再び俺の胸へと頭を押し付けた。
こんな弱った臨也は正直見たことがない。俺の知ってる折原臨也はどこまでも人を蔑み、なによりうぜぇはずだ。が、俺の腕におさまるそいつは俺の前でぼろぼろと涙を零し、鼻声で俺の名前を繰り返し、呼ぶ。
そんな姿を見て、あぁこいつも人間なんだと思った。



「......臨也....」

「....もう一回」

「臨也」

「......もっと、呼んで」


俺が名前を呼ぶ度臨也の頭が縦に振られる。その頭をかきだいて、俺は何度も臨也の名前を繰り返した。


そんなやり取りを続けること数十分、ようやく臨也は息をはいて笑った。


「.....シズ、ちゃ......ん」

「何だ?」

「君だけは、俺を置いていかないでね」


今にも泣きそうに、笑みを作るその唇にそっと己の唇を、重ねた。


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元ネタは私が見た夢ですね、はい。
残念ながら静臨じゃなかったんですけど、まぁ受けが泣きそうな声でずっとずっと攻めの名前を呼ぶんです。
何度も何度も、声が枯れるんじゃないかってくらいに。
でも攻めは振り向いてくれないんです。どんどんどんどん一人で先に行ってしまう。
待って、と叫んでも先へ先へと受けを残してどこかへと消えるんです。
で、臨也さんがそんな夢をみたら...ということですね←
不安でいっぱいいっぱいな臨也さんとか私が拾いたいな....
  


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