*静臨 学生時代
ふと、教室の窓から中庭の風景を眺めていた。
つい最近まで緑色をしていたはずの葉は赤色に色づいて、ふわりふわりと空を舞っていた。
(......退屈、だな......)
寝てしまおうかと思ったが、前の二時間をすでに睡眠時間にあててしまったせいか、
一向に眠気が襲ってくる気配もない。
たいして意味のない欠伸をひとつして、机に肘を置いてぼんやりと黒板を眺めた。
感覚細胞、閾値、錐体細胞、盲斑......
悪いが一切授業を聞いていない俺にとっては黒板に書かれる文字に意味なんかない。
黒板のすぐ横に貼られた、時間割を眺めてようやくこの時間が生物であることをしった。
「ここまでノートとったか?それじゃぁビデオ流すからちゃんと見とけよ」
中年の、いやちゃんとした歳は知らないけど見た目からして中年の教師がそう言って教室に備えられている古びたビデオを教壇の上にのっけた。
その様子をうかがっていると見慣れた二つの背中が目に入った。
右が新羅で、確実に左の短ランは臨也だ。
新羅とは一緒のクラスだが、左の余計な物体は嬉しいことに別のクラスのはずだ。
(なんで、あいつが......??)
そう思って、思い出した。そういえば俺のクラスと臨也のクラスの生物は合同だ。
出席がとりやすいから、といういかにもくだらない理由で決められた席順できっとあいつらは隣なのだろう。
ザー、と嫌な音を立てていたビデオがようやく本来の映像を映した。
どうやら、今度実験でやる豚の目の解剖によく似た牛の目の解剖を取り扱っているものらしい。
動物ではなく、すでに肉と骨になった牛の姿に大抵の女子は視線を落とした。
何パーセントのなんとか溶液に浸しておけばいつでも利用可能だとか
どこの筋を引っ張れば動くかだとか。
少し悪趣味にも思えるそれを、たいして動じず俺は眺めるように見ていた。
__......ン……キーンコーン……
どのくらいそうしていたのか、気がつけば授業の終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響いた。
確実に少しずつ、人が減っていく中で。教卓の前の席の二人はそのままだった。
少し疑問に思って、観察していると新羅の手が臨也の背中をさすっているのがわかった。
いつも俺に悪態をついては、壁でもどこでもふわり空を飛ぶように逃げるその男の体がかすかにふるえているのが見えて。
気がつけば俺はそいつの顔を覗き込んでいた。
「……、なに、なんか用なの?静ちゃん」
「…手前……」
覗き込んだ臨也の顔色は、驚くほど真っ青だった。
もとから色が白く、華奢な奴だから、今のような顔をしていると病人にも見える。
どうしたものかと、隣にいる新羅に視線で問いかけてみると、そいつは困ったような表情を浮かべた。
「さっきのビデオあったでしょ?それがちょっと駄目だったみたい」
まぁ、嫌ってほど正面だったからね、と呑気に笑うこの馬鹿はきっと日ごろから解剖だの手術だの、解剖だの…..。そういうもの慣れているから平気、なんだろうな。
「……本当、駄目かも知んない….。気持ち悪い……..」
「…...大丈夫か?」
「はは、静ちゃんが優しい」
無理に笑った臨也の頭がぼすっと音を立てて、隣に立っていた俺の腰辺りに預けられる。
仕方がない、とひとつため息をついて臨也の隣に膝をついた。
「……帰り、送っていってやろうか?」
「…ん?」
「そしてもらいなよ、臨也」
額に張り付いた髪をどかしてやると、声もなく臨也が頷く。
全く、人を切りつけてくるくせに、こういうものが苦手だったりする臨也は意外と繊細だと思う。
すっと伸ばされた、白くて俺より一回り小さな手が、弱弱しく俺の制服を掴んだ。
「……もうちょっとだけ、こうしてて……」
「……落ち着くまで待っててやるから」
ありがとうと、消え入りそうな声で呟いた臨也の頭を、そっと撫ぜて。
珍しく弱ってるその体を、少しだけきつく抱きしめた。
******
いつも強がってる人が弱ってると、構ってしまいたくなる静ちゃん。
はたしてそれは臨也だからなのか.......
と、いうことで静臨一発目でした!(^^)!
生物の解剖は本当にダメです.....
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