前編
「臨也、ほらこれ....」
「え、なに?くれるの?」
効果音がつきそうなほどの勢いで差し出された手。
俺よりも大きくてしっかりとした手が握っているそれは、小さな箱だった。
開けていい、と問いかけてみるとシズちゃんは無言でうなずいた。
「.....指、輪?」
「たいしたもんじゃねぇけど」
「ほんとだね、俺15万以下のものって身につけたくないんだよねぇ」
「なっ....手前ぇ!」
「....嘘だよ、すっごく嬉しい。ありがと」
己の右手の中指に収められたそれは、俺の両手にはめられてるものよりも一際輝いて、見えた。
嬉しかったんだ、そこに嘘はない。
だから、ごめんね.....シズちゃん......
「.....は、もう最悪だよ....」
仕事をしくじった。どうしても欲しい情報があって、それを手に入れたいという好奇心に近い感情が俺の冷静な判断を鈍らせた。
俺の予想を超える人数が潜んでいたらしく、わき腹に一発銃傷まで負わされて。
折原臨也、らしくないと自分でもわかってる。俺はもっと冷静でなくてはいけないのに.....。
「いたぞ!あそこだ!」
「....チッ」
「絶対に逃がすな!!」
仕方なく、ビルの壁を使おうと思っていた時だった。
俺の指から何かが抜けてからん、と音を立てて地面に落ちた。
冷たい汗が背中を伝う、嫌な予感がした。
おそるおそる見て見るとつい先ほどまで俺の中指にはめられていたはずの指輪はそこにはなかった。
「嘘でしょ、ついてないにもほどがあるよ...!」
が、追手が迫っている今、ぬけぬけと探すわけにはいかない。
後で絶対に見つけるから、と誰に誓うでもなく心の中で呟いて俺は池袋の街を逃走した。
逃走すること2時間45分、追手は全員まいた、というか軽く殺った。
諦めなかったこいつらがあまりにもウザくて、死なない程度に、ね。
現在午前4時、雨が強い。コートが水をすって重たくて仕方ない。
血は止まっているものの、傷口が熱い。
でも、
でも、それでも探さなくては。と。
俺は、再びあの場所へと戻った。
極度の疲労と出血で視界がぼやける。
立っていられなくて、地面に膝をついて探した。
その場所をくまなく探した、でもそれでも
「.....なんで、ないの......」
なくなるのならば、昔からつけている方のモノがなくなればよかった。
いつでも、そうだ。
俺は大事なものから失くしていく。
せっかくシズちゃんが買ってくれた指輪だったのに、とそう思うとなぜか涙が止まらなくて......
「....う、ぁ....あぁぁぁぁぁ....」
だん、と右手を地面にたたきつけた。とがった石が俺の皮膚を突き破ってアスファルトを赤く染める。
わき腹の傷がずきずきと、痛み出す。
でも、そんなことはどうでもいいと思えた。俺はシズちゃんから貰ったあの指輪さえあれば.....
「臨也?何してんだお前....傘もささない、で.....」
「うぅ....ぁ....ドタ、チ....」
「!お前!!それ!!」
俺の血がアスファルトを真っ赤に染めて、俺の体が動かなくなってきた頃
ドタチンが俺を見つけてくれた。
どうしたんだ、なにがあったんだと問われているような気がするけれども
もう声をだす力すらない。
「ごめ....ね....」
心配顔のドタチンを視界にとらえた瞬間、俺の意識はぶつりと途絶えた。
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とりあえず前編
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