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あのとき夕日の公園で
[高倉三兄妹]


 冠葉が蹴ったボールが晶馬のもとに転がってくる。晶馬は陽毬に向けてそのボールを蹴った。そして陽毬は冠葉に。とても単純な遊びだったが、まだ幼かった三人は飽きることなくそれを繰り返した。
 晶馬が二人に話しかけた。

「今日の晩ご飯なんだろうね」
「わたし、オムライスがいいなあ」
「なんでもいいから早く食べたいな。もう腹がペコペコだ」

 晶馬が時計を見ると、針は五時半を示していた。
 高倉家の夕飯の時間は七時前後だ。ご飯を食べられるまであと一時間半もある。
 空腹を紛らわそうとボールを思い切り蹴ると、ボール陽毬の頭上を飛び越えてしまった。色あせたピンク色の球体は公園の外へ転がり、どんどん遠くへいってしまう。

「あー、なにやってんだよ」
「晶ちゃんすごいよ、あんな遠くまで蹴れるんだ!」
「うわあ、ごめんごめん。僕がとってくるよ」

 晶馬はボールを追いかけ公園の外へ出た。
 あちこち辺りを見回したがボールは見当たらない。なくしてしまったらきっと母さんに叱られる、そう思うと恐ろしくなった。
 
 ふと、電柱の陰にスーツを着た男が立っているのが見えた。その足元には自分たちのボールがあり、男はそれに気付かないまま晶馬を見つめていた。

「あっ、ボール!」
 
 晶馬が駆けよると、男はようやくボールの存在を知ったようで、屈んで拾い上げると晶馬に差し出した。

「ありがとうございます!」

 晶馬が笑顔でお辞儀をすると、なぜだか男は悲しそうな表情をした。ボールを手渡し、晶馬の頭を撫でる。男の手つきは優しかったけれど、それにはあわれみが込められているように感じられた。
 自分がなにか悪い事でもしたのだろうかと思い、晶馬は不安になる。

「あの……」
「ああ、すまないね。もう行ってもいいよ」

 男が手を離した。晶馬は男が気になったものの、早く冠葉と陽毬のところへ戻りたい一心で男に背を向けて駆けだした。
 後ろで男がぽつりとつぶやく声が耳に届く。

「あの子がテロリストの子供とはな」

 てろりすと? てろりすとって一体、なんのことだろう。
 公園に戻ってくると、冠葉と陽毬が晶馬の顔色を見て驚いたように言う。

「晶ちゃん、どうしたの? あのおじさんに何かいやなことされたの?」
「あいつさっきから俺たちのこと見てたな。俺が行って聞いてくる」
「大丈夫、なんともないよ。あの人がボール拾ってくれたんだ、きっと、良い人だよ」
「そうか? それなら、いいけどさ」
 
 男と話していたときに胸を締め付けていた不安も、二人の顔を見るとあっという間になくなってしまった。最後に言ってた言葉が気になったけれど、大したことじゃないだろう。
 それよりも今はお腹が空いた。

「冠ちゃん、晶ちゃん、暗くなってきたからそろそろ帰ろうよ」

 陽毬が冠葉と晶馬の手を取る。
 晶馬は陽毬の手をぎゅっと握り返した。妹の手は小さくてやわらかい。

「晶馬、ボールよこせ」
「なんで?」
「いいから。俺が持ってやるよ、またどこかに飛ばされたら困るしな」

 冠葉が晶馬からボールを取る。晶馬は頬を膨らませたが、これが冠葉なりの気づかいだとわかっていたから、何もいわなかった。
 陽毬を真ん中にして道を歩くと、長い影が夕日に映し出される。陽毬は自分の影を踏もうと躍起になっている。冠葉と晶馬がそれぞれ陽毬の手を引っ張って体を浮かせてやると、陽毬は嬉しそうにはしゃいだ。晶馬は冠葉と目配せすると、互いに笑った。冠葉の合図で、さっきよりも高く陽毬の体を持ち上げる。きゃっきゃと喜ぶ妹の姿に、とても楽しい気持ちになり、晶馬の頭から男のことはすっかり消えてしまった。




 そうだ。
 僕らはあの時から監視され続けていた。
 男は警察関係者だったのだろう。あの男は犯罪者の子供である僕を不憫に思っていたのか、視線に敵意は感じられなかった。警察よりなにより恐ろしいのは世間の目なのだろう。僕たちはこれから、徹底的にだめになるまで監視されるのだ。

 帰り道に見た綺麗な夕日を思い出す。
 あの平穏だった日常の風景でさえも、僕たちを取り巻く運命の輪の中あり、その一つに過ぎなかった。
 僕にとって、冠葉の笑顔と、陽毬の小さな手の感触だけが本当の幸せだったのだ。他は全部、もろく崩れ去ってしまう偽物に過ぎない。
 だから僕は家族を続けていく。誰が何を言ったって、この先どんな視線にさらされたって、僕らはずっと、本当の家族だからだ。

 軟禁されたホテルの窓から見える夕日は、あの日と変わらず美しかった。






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