※にょたシズイザで百合
※というか全員性転換
※来神





人のいない海は、だがそれほど綺麗ではなかった。ごみが落ちているわけではなかったが、皆が言うほどには美しく思えなかったのだ。

「やっぱりちょっと冷たいね」

もう水着姿に変わった臨美──可愛らしい花柄ワンピースの下にすでに水着を着ていたのだ、早く海で泳ぐための約束だった──は、足をぱしゃぱしゃと海水に絡めているところだった。

「シズちゃんも早く服脱ぎなよ、泳ごう」

どぎついショッキングピンクやら赤やら黒やらの露出の多い卑猥な水着を着てくるかと思われた彼女は、けれど予想に反してフリルのあしらわれた、白地に黒のドットの幼さの残る水着を着ていた。ただの水色の自分のビキニがやけにみすぼらしく思えてきてしまって、あたしは急に恥ずかしくなってしまう。

──せっかく幽が、モデルの仕事の合間に選んでくれたって言うのに。

ここにはいない多忙な妹の顔を思い出し、感慨にふける。
今度は、幽と一緒に来よう。こんなノミ蟲なんかと来るより、きっともっとずっと楽しい。
よれよれになったTシャツを脱ぎながら、そんなことを考える。

「なんだってそんなぼろっちいTシャツなんか着てくるのさ。ださいよ、この前一緒に選んであげたワンピース、どうしたの」
「こんなところにあんなもの着てきたら汚れるに決まってるだろ」
「ふうん」

臨美はにやにやと笑う。
嫌な予感。彼女がこんな笑い方をして、いいことがあったためしがない。
いや、もっと正確に言おう。悪いことがなかったためしがないのだ。

「つまるところ、シズちゃんはわたしとおそろいのワンピースを、汚したくなかったと」

そういうことだね、と決めつけた口調。やたらといらつく。

「そんなわけないだろ、高かったからに決まってる。ていうかあれはおそろいじゃない。あんたが勝手にあたしと同じ服を買ったんだろ」
「……まあまあ、いいじゃん。わたしもたまにはシズちゃんと女の子らしいことでもしようかと思ってね」
「それに、せっかく幽が褒めてくれたんだし」
「また妹ちゃん? シスコンもここまでくると病気だねまったく」

やれやれといった風に首をふる臨美。白い喉元が、それによってさまざまな動きを見せる。髪が短いから、首筋がよく見えるのだ。黒くてさらさらの柔らかい髪。
お前だってブラコンのくせに、とは言わなかった。臨美が騒ぎ立てることは、目に見えていたからだ。きっと彼女は顔を真っ赤に(あるいは青ざめ)させて否定するのだろう。
服を脱ぎ捨て、海に入る。やはり臨美の言ったとおり、少し冷たい。

「新羅も来ればよかったのになあ。彼氏なんかほっぽってさ。ドタチンだって、生理なんか気にすんなよ」
「あたしたちだけ泳いで自分が泳げないってのは嫌だろ。あたしだってそういうのは、嫌だ」
「ふうん」

まただ。
ふうん。
きっと、臨美の口癖。本人もまわりも気づいていない、たぶん。あたしだけが知ってる、臨美の口癖。
今度のふうんは、さっきのふうんとは違っていかにも興味なさげだったけれど。

「新羅だって、彼氏とのデート楽しみにしてたんだから。そんなむくれんなよ」
「むくれてない。友達より彼氏のほうが大切だなんて、新羅サイテー」
「そんなめったなこと言うな、あんただってきっと彼氏でもできたら新羅と同じようにするさ」

臨美だって、他の女の子と同じように。彼女は、モテないわけではないのだから。顔はいいのだ、それはつまり、当たり前のこと。人気がないわけがない。彼女はあたし(と新羅と門田)以外には、基本的に外面はいいし。外面は。
学校帰りにクレープを食べたり、ゲーセンでぬいぐるみをとったり、プリクラを撮ったりするのだろう。いつもはあたしたちと、あるいはあたしとすることを。





「しないよ、彼氏なんかいらない」


だからあたしは、臨美がそう拗ねたように言うのが信じられなかった。

「彼氏なんかいらない。わたしには、シズちゃんだけでいい」
「……あんた、なに言って」
「本気だよ。全部本気。なんなら信じてくれなくったっていい」

けれど、本気なの。臨美は依然としてぱしゃぱしゃと素足を海で遊ばせている。風でうなじが、あらわになる。

「わたしは、新羅もドタチンも、シズちゃんがいるならいらない。彼氏なんか絶対いらない。ずっとずっとシズちゃんといたい。シズちゃんが、いい」

ぱちんと音をたてて尻に食いこんだ水着を直す彼女から、目が離せなくなっていた。惹かれたわけではない、けれど、見張っていないと、今すぐ消えてしまいそうで。
ざぶざぶと海の中に入っていく臨美に倣い、あたしもどんどん水に入っていく。ビーチボールや浮き輪の類は持ってきていない。海は泳ぐためにあるのだと彼女が信じきっているからだった。特にあたしも臨美とそんなことをしたいわけではなかったし、荷物になるので持ってきてはいなかった。では彼女と海に来たかったのかと訊かれれば、甚だ疑問なのだが。
見れば、臨美は仰向けになってぷかぷかと浮かんでいた。はあ、とやる気の感じられないため息を漏らしながら。
あたしも彼女からすこしの距離をとって泳ぎ始めたが、今はどうにもそんな気分にはなれなかった。ずっと、先ほどの彼女の台詞が頭にこびりついて離れない。

「シズちゃんはさあ」

ぽつり、と聞こえた声に振り向くと、いつの間にか臨美はこちらを見つめていた。黒髪や顎から滴り落ちた雫が首筋を伝い、鎖骨や小さな乳房の間を滑り落ちていく。彼女は痩せているから、鎖骨に水がすこしたまっていた。丸い、女性らしいフォルムの肩は彼女が静かに息をしていることを正確にあたしに教える。

「わたしを正しく見てくれているんだよ」

あたしはというと、ただただ臨美の目から逃げられないでいた。なんだって、そんなに人を目力だけで射抜くことができるというのだろう。
やめて。みないでよ。おまえをみていると、あたしがこわれてしまいそうになるの。おまえとはぜんぜんちがうじぶんが、とてもなさけなくなるんだよ。きっと、おまえのめにも、あたしはずいぶんとなさけなくうつっていることでしょう。
けれど臨美は決して笑わなかった。

「なに言ってんだよ、新羅も門田も、あんたから逃げてるっていうの?」
「違うよ、そんなことを言いたいんじゃない」
「じゃあ、なにを言いたいんだよ」

臨美はその問いには答えず、こちらに近寄ってきた。肩をびくりと震わせるけれど、体がそれ以上動くことはなかった。
彼女の細くて白い手が、あたしの頬に触れる。とても、冷たい温度だった。

「シズちゃんの体は、綺麗だねえ」

そう言って、優しく微笑むのだった。普段の、あの人を喰ったような笑みではなく、本当の。彼女自身の持つ、本当の笑顔のように思えた。
彼女はあたしの手をとって、今度はそれを自らの頬に滑らせる。目を閉じて、慈しむように擦り寄るその頬は、ああこの子はどうしようもなく女の子なんだな、と思わせるくらいにとても柔らかかった。

「シズちゃんは、わたしをあの子たちみたいに上辺だけで見ようとしないもの。シズちゃんはいつだってわたしの本当を見ようとしてくれている」

切りそろえられた形のいい爪を乗せた指で、唇をなぞられる。ふふ、と彼女は至極楽しそうな声音で笑う。

「シズちゃん、大好きよ」

その蜂蜜色の長い髪も、強い意志を秘めた目も、大きくて形のいいおっぱいも、低くて甘い声も、すらりと伸びた長い脚も、ぜんぶぜんぶ、だあいすきよ。
あたしの大嫌いなところを、彼女は好きだという。あたしは自分が嫌いだった。

「あたしは、あんたなんか好きじゃない」

ふうん、とまた臨美は実に嬉しそうに笑う。笑う。笑う。本当の笑顔で。あたしは彼女のこんな顔は大嫌いなのだ。自分を見透かされているようで、いい気分がしない。
けれど、見てほしい。いつだって本当の気持ちで、あたしを見ていてほしい。
あたしは、臨美が好きだった。


「ねえシズちゃん、キスしよっか」


静かに合わさった唇はとても甘くて、くらくらした。
柔らかくてマシュマロみたいな臨美の唇からは、かすかにリップクリームのメントールの香り。
泣かなかったけれど、どうしようもなく泣きたくなった。こんな途方に暮れたようなあたしを、こんな広い海で置いてけぼりにしないで。
臨美はあたしのそんな気持ちを正確に受け止めて、手を握ってくれる。ふふ、とある意味健気な顔をして。

「シズちゃん、楽しいねえ」

やっぱり幽とここに来るのはまた今度にしよう。海も、もうこりごりだった。次は遊園地や水族館にしよう。そしておそろいのワンピースをふたりして着るのだ。
相変わらず体温の感じられない臨美の右手を、強く強く握った。

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