※ヤンデレ臨也




目の前に血まみれの女が転がっているときの対処法を知っている奴はいるだろうか。
もちろん世間一般的な常識と良心を持っている奴の正解は、救急車を呼ぶ、だ。
なら、もうひとつ条件を出してもいいだろうか。その女の前に、赤黒い血がべっとりとついたナイフを持った恋人が立っていたなら、俺はどうすればいいのだろう。誰か、正解を知っているなら、ぜひ今すぐ教えてほしい。

「お前、なにしてんだよ」
情けのない、掠れた声だった。俺の声に、やっとこちらを振り向いた臨也は、顔まで返り血で汚れていた。
血の赤と、目の赤。なんてこった。目が眩む。
非常に目に痛い配色をしたそいつは俺に気づくと、シズちゃん、とやけに喜色ばんだ弾む声で囁いた。
そいつはからん、と人の命も奪えるような重いナイフをやけに軽い音を響かせて投げ捨てる。
俺の体に巻きついた白く細い腕は、あの女を、傷つけたのだ。この滑らかな肌に血をこびりつかせ、しなやかな動きで、きっと。
女を見ると、まだかすかに細い息をしていたが、早く病院に駆けつけなければすぐに息絶えてしまうだろう。
臨也を見れば、どこか違和感のある笑顔で俺を見ていた。いや、笑顔に違和感があるわけではない。それよりも、いつもと違うこと。

「お前、その髪……」
ああ、と彼はさも嬉しげに微笑む。やっと気づいてくれた、と。
「可愛い? 可愛いでしょ? シズちゃんぱっつん好きだもんね。よく知ってるでしょ? 俺、シズちゃんのことならなんでも知ってるんだあ」
だいすきだもん。
ふふ、と無邪気に笑う。
そんな子どもみたいな顔で、血まみれで、お前は愛を囁くのか。

「おい、臨也、お前なにをしたんだ」
もう一度、今度はゆっくりと臨也を問い詰める。
体を引き剥がすととたんに不機嫌そうな顔をしたが、構ってなどいられない。こいつは一体どうしてこんなことをしたんだ。人の命を奪うなど、今まで物騒なことを言ってきたものの、自分の手を汚すことを極端に嫌うこいつが。
だって、と言い訳じみた(実際、言い訳だ、こんなもの)それは、臨也の唇から流れ落ちた。
「だって、腹がたったんだ。あの子が、俺にはない、俺がほしいものを全部持ってたから」
それを聞いたとたんに俺は途方に暮れてしまう。臨也になくてあの女にないものが、全くもって思い浮かばなかったからだ。
こいつがないものねだりをするのは非常に珍しい。というか、見たことがない。困惑と焦燥がないまぜになる。
そんな俺の表情に気づいた奴は、とたんに表情を消し失せてぽつりと呟いた。

「子宮が、欲しかったんだ」

そう言って腹をさする臨也から、目を背けることができない。そんなこと、考えつくわけもなかった。
「俺の腹を開いてあの子の子宮を埋めればね、きっとうまくいけば腐らずに俺のものになるよ。シズちゃんとの子、孕めるよ。そのためには俺、生理だって我慢するよ。シズちゃんのためなら、なんだって我慢する」
にこにこ。そんな擬音が似合うような顔で、ふらふらと近づいてくる。血に濡れたナイフで、コートで、顔で。にこにこと。嬉しそうに。
「ふざけんな!」
びくりと、震えることさえしなかった。あのにこにこ顔はさすがに失せたが、臨也は依然として濁った瞳でもって、ただ俺を見つめるのみだった。
「どうして怒るの」
ぽつりと、そんなことを言った。悲痛な声で。顔に苦痛さえを滲ませて。
「なんで、どうして怒るの。どうしてどうしてどうして。だってこの女、シズちゃんにちょっかいかけたじゃんか。俺、退治してあげたよ? ね、偉いでしょ、褒めてよ、褒めてったら」
肩を掴んで揺さぶる臨也。懇願の表情。俺はどうしようもないくらいに泣きたくなった。シズちゃん、シズちゃん、とまるで壊れたラジオのように俺の名を連呼する臨也は酷く痛々しく、見ていられない。
ちょっかいといわれても、俺自身はあの女にあまり見覚えはなかった。きっと俺に道を聞いたとか、そんな関係しかないのだろう。

「シズちゃあん」
とうとう子どもみたいに泣きじゃくりはじめた臨也を、たまらなくなって抱きしめた。
すると、ぴたりと臨也の動きが止まり、真っ白い頬に紅が一気にさした。

「シズちゃんが」
ぼそり、と。
誰にも聞かせるつもりのない、独り言なのだろう。だが、ふたりきりのこの空間には、どこか虚しいくらいにその声は響く。

「シズちゃんが、俺を抱きしめてくれた」

ふわりと涙の跡の見える瞳で、奴は微笑んだ。やっと見せた、臨也の表情だった。臨也は泣きながら俺に頭をこすりつけ、今度は大好きだよ、愛してる、とまた繰り返した。その口許は確かに嬉しそうで、こっちこそ泣きそうになってしまう。

「ねえシズちゃん」
今度はなんとか俺に声を届かせようと、些か興奮したような口調で臨也は口を開く。
白に、黒。色のないこいつに与えられた、たったひとつの色は、赤だけだった。
紅潮、恍惚。
闇みたいな人間は、まるで自分がまばゆい光の中にいるのだといわんばかりの空気を身に纏わせている。こいつには、闇しかないのに。俺では照らせない、闇の中に閉じ込められているのに。
それなのに、さも自分自身が光なのだというような顔をするのか。



「未来って、明るいのかもしれないね」

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