※注意。エロではないです






不覚だった。
ビルの上から今日も今日とて人間観察をしていたときのことだ。俺は背後から突き落とされた。
咄嗟に相手の腕を掴む。真っ白なシャツに、真っ黒の安っぽい腕時計。
それだけ確認した俺の体は、重力に従い次第に落ちていき、ついには、


*


「臨也?」

はっとして顔をあげると、そこには心配そうに俺の顔を覗き込むシズちゃんがいた。
熱でもあるのか、と額に手を這わせる彼を安心させるかのように、大丈夫、と答えたが、俺の掠れた声にシズちゃんはますます顔をしかめる。

夢だったのだろうか。
今でも背中にリアルに残る、手の感触。身震いをする。

「おい、本当に大丈夫かよ」
「うん、平気。ちょっと眩暈がしただけ」

俺は座っていたベンチから腰をあげ、それよりも早くデートしよう、とシズちゃんの好きな微笑みを浮かべながら声をかけると、シズちゃんは顔を少し赤くして、ぶっきらぼうに小さく、おう、とだけ返した。
俺はシズちゃんのこういうところが好きだ。付き合ったばかりの中学生でもあるまいに、未だにこういう反応を返してくれる初な彼が好きなのだ。

体ごとくっつけるわけでもなく、女の子のように腕を絡ませるわけでもなく、ただ静かに寄り添って池袋の街を歩く。

「ねえシズちゃん」
「ん?」
「手、繋ごう」

また顔を赤らめるかと思いきや、彼は意外にも柔らかく笑い、大きな手を俺のてのひらに絡ませた。
これは、反則だ。
幸せすぎて泣きそうになるのを、必死でこらえる。
ああ、これだ。俺の欲しかったものは、これなのだ。この温かい手を、必死になって求めていた。

「お前、手小せえな」
「うるさいよ。シズちゃんの手が大きいだけなんだ」

ふふ、とふたりして笑う。


「ん、なんだろう、あれ」

ビルの下に人だかりができていた。
気になり、自然と足がそこへ向かうが、シズちゃんがそれを許さなかった。
繋いだ手を引っ張り、俺を足止めする。

「行こう、臨也。どうせしょうもねえことだよ」

俺はそれでも気になったが、シズちゃんがさっさと先に行ってしまうので、俺もそれに引っ張られる形となってその場をあとにした。

次はどこへ行こう。久しぶりに映画を見るのもいい。今やっているもので面白いものはなかったかと、頭の中を探る。

それゆえに気付くことができなかったのだ。
彼の顔が、今まで見たこともないくらいに、表情がないことに。


*


「臨也」

ああ、なんだよ、俺たちは見世物じゃない、見るなよ、俺を呼ぶ彼の声が聞こえないだろ。

「道連れにして、ごめん」

謝らないでいいよ、そう言おうとしても、もう喉からはひゅうひゅうと空気が漏れる音しか聞こえない。
泣かないで。俺を抱きしめる彼の腕を優しく撫でる。もう腕も動かない。
ごめんだなんて、もうどうだっていい。繋いだ手の温度だけが、俺の幸せだ。

「臨也」

俺を呼び続ける真っ白いシャツを着た彼の腕には、俺がいくら高いものをあげても頑として変えようとはしなかった、真っ黒くて安っぽい腕時計が、
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