▼ハニーシロップのきずぐすり
「あ〜、あ。」
男って、馬鹿だ。
なんでわざわざ、いつも私を抱いてるベッドで他の女抱いて、しかもゴムまで私らが使ってたやつ使うんだろ?数減ってたら不思議に思うって、わかんないのかな?あと髪の毛。私より長い髪を放置しとくのは、どうなんだろう。
「はぁー。あー…どうしよう、これから。」
さっきまで彼氏だった奴には、500oのペットボトルとチューハイの缶の入ったコンビニ袋を顔面にぶつけてマンションを飛び出してきた。男は馬鹿だけど、年上の男なんかもっと最悪だ。でも私べつに、独り暮らしだとか、お金持ちだとかそういうの関係なく、ちゃんと好きだったはずなんだけど…な。
「あー…ホラ、雨降ってきたし…。もうほんと今日ってどこまで最悪な日…?」
住宅街を独り歩く私の横を、一台の車が通り過ぎた。…ってあれ、戻ってきた?うわ、今度は誘拐?知らなかったけど私って今日が寿命だったんだ。
車が私の横で停まる。マジか、ほんとに誘拐か?あ、でも、こんな外車で誘拐とか、おかし「カンナっち…?」くな……ってあれ?今の声…。
「え、涼太…?」
窓の開いた車から聞こえてきた声は昔同じクラスだった奴のものに似ていた。あいつ、プロでバスケしながらタレントやってるんじゃなかったっけ?
「やっぱり!カンナっち!うわ、久しぶりッスね!!てか、なんでずぶ濡れスか?!ちょっ、とりあえず乗ってくださいッス!」
相変わらずのテンパり具合で、涼太は車から降りて私の背中を押して助手席に乗せた。私返事してないんだけど…ま、いいか。
「…で、何があったんスか?散歩じゃないッス、よね?」
「あー…」
こいつ、ほんと変わってないな。ずかずかと人のプライベートに踏み込んでくるあたり。
「話したく、ないッスか?」
……と、思ったけど、成長してるらしい。正直意外だ。
「あー、いや。えっと、浮気…された、かな……?」
「え…マジ、スか?」
涼太が左ハンドルの外車を運転する様子はほんとに様になっていて、こいつ今度は車のCMに出るんじゃないの?とか思った。
「マジ、スね。相手、同じ大学の後輩だってさ。」
「…。」
「あーあ、やっぱりこんなひねくれたのより、可愛い子が好きなのかぁ〜男って〜。困ったなぁー。こんなんじゃ私婚期逃すわー。だって私生まれたときからこんな性格で、しかも見た目も」
「カンナっち…」
「え?なに、涼太」
「泣きたい時は…泣いた方がいいッスよ?」
「…え?」
もう、前言撤回。こいつほんとに全然変わってない。
「……な、んで、あんたは…。あーもー…なんでわかんのよ…ばか…」
ボロボロと、みっともなく涙が溢れて止まらなくて、化粧はぐじゃぐじゃになるんだろうな、とか頭の隅で考えたけど、ほんとにそんなことどうでも良くて、何処かに車を停めたらしい涼太の胸にすがって、私はわんわんと泣き出してしまった。
「好き…だった、の。ほんとに、だい、すき…で、だけど…、なのに…だか、ら、信じられ、なくて、」
意味も持たない言葉の羅列が、後から後から続いた。涼太は私の背中を擦って、ただただ話を聞いてくれていた。話になってるかはわからないけど。
「好きだった、のに…大好きだった、の、に…」
「カンナっち…」
ふわり、涼太が私の身体を、その大きな身体で包み込んだ。私の痛みがわかったかのように震える涼太の声に顔を上げて涼太を見れば、なぜか涼太の瞳も濡れていて。
「ば、かね…。なんであんたが泣くのよ…?」
「わ、かんないッス、けど…。オレ…やっぱり好きな子には、笑ってて欲しいッス、から…」
「え…涼太…?」
耳に届いた言葉に目を剥くと、唇に熱い何かが当たる感触と、しょっぱさが残って。
「オレ…ずっとカンナっちのこと、好きで…。でも、カンナっちは、先輩の彼女だし…、カンナっちは、幸せそうだったから……だから、ずっと…」
突然の告白に呆然として、涙が引っ込んでしまった私に、再び降ってきた唇。ちゅ、と音をたてて離れたそれを目で追うと、そのまま言葉を紡ぐ涼太の唇。
「傷心の女の子につけこむ悪い男って、思うなら思ってくれてかまわないッス。でも、言わせて?オレ、今でもずっと、カンナのこと好きッス。オレなら、泣かせない。だから、オレにしなよ…カンナ……」
震える身体で私を抱き締めた涼太を、愛しく思えてしまう、私こそ悪い女だ。
≪ハニーシロップのきずぐすり≫
大人になって、相変わらずモテるのに、初恋を引き摺ってる黄瀬くんとかいいなと思って。
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