▼最高のマシンで迎えにゆくよ
今朝のおは朝は最下位だった。
『でも大丈夫!困難を乗り越えた先に素敵な出逢いが待っています!』
とかなんとかおは朝のお姉さんが笑顔で言ってたけど、困難ってなんだよ、今日1日でどんな冒険しちゃうのよ私?乗り越えた先にどんだけイケメンがいても、困難に遭いたくなんかないのよ、ねぇお姉さん。
しかもラッキーアイテム、『鷹のキーホルダー』ってなに。鷹?!鷹ってなんだよ鷲じゃだめなの?!そんなのどこにあんの?!
遅刻ギリギリまでバタバタと家の中で鷹のキーホルダーを探していた私に父さんが一言。「土産に貰った、鷹のシルエットの入ってるキーホルダーならあるぞー」それだよ!それなんだよ探してたのは!朝の忙しい時によくも娘にムダな時間を取らせたな親父よ!そしておは朝よ!だがあった!あったからまぁよし!!
『いってきまーす!』
こうして、鷹のキーホルダーのおかげなのかなんなのか、何事もなく1日が過ぎ去ろうとしていた。愛車の自転車、吾郎衛門に跨がって帰り道を行くこと10分。結構急な下り坂に差し掛かったとき、だった。
かしゃん、
何かが落ちたような音がして、振振り返ればれば案の定、ラッキーアイテムの鷹のキーホルダーが地面に転がっているのが視界の端にうつった。なんてこった、あれがないと困難さんにこんにちはしてしまうじゃないか。
別にそんな熱狂的なおは朝信者ではないのだけど、毎日面倒なラッキーアイテムを探して身に付けていれば最早それは意地だ。いいんだ、私は占いオタクキャラになってやる!
「…ん?……んんっ!?」
脳内で変な宣誓をしていた私なのだけど、自転車の様子がおかしいことに声をあげた。
ブレーキが…効かない……だと?!
「う、嘘嘘ウソうそ!?待ってやばいって私この自転車足つかねぇんだよおおおお!」
見栄を張って高めにしたサドル。誰しも1度は覚えがあるであろうその行動は、今私の生死を分けた。皆さん、自転車は格好つけるより、安全に乗った方がいいですよ。にしてもラッキーアイテム落とした途端に困難に見舞われるって、おは朝どんな予言だ。最早呪いだよ。おっと無駄話はこれくらいに。それでは、あでゅー。
坂道の先にはT時路。ようするにブレーキの効かない私の愛車は壁に激突する5秒前。自転車から飛び降りるっていう選択肢は、運動オンチの私には与えない方が身のためだ。うん。
そんな感じで、私すっかり、美しく散るつもりだった。曲がり角から学ランの男子高校生が現れるまでは。
「え?ちょ、そこの人!!よ、避けてえええええええ!!!!!!」
「ええぇーっ?!なに、ちょ、危な…っ!?」
「きゃああああああ!!!!!!」
散り際くらい大人しく逝きたかったのに、最後の最期に人を巻き添えにしてしまうなんて最悪だ。ごめんなさい、名前も知らない少しつり目の君。どうか来世ではお友達になりましょう。
私が壁にぶつかりかけた、その瞬間だ。
学ランの男子高校生はバゴン!と思いっきり自転車のペダルらへんを蹴ったかと思うと、その衝撃で自転車から飛ばされかけた私をしっかりとその腕に抱き止めてくれた。え、なにこれ漫画?
「いってて……、っと、大丈夫だったー?怪我とかないー?」
「え…あ、だ、大丈夫、です……は、いっ?!」
ふと、思考が一瞬停止した。そしてフラッシュバックする今朝のあれ。
『困難を乗り越えた先に、素敵な出逢いが待っています!』
おお……。待ってたわ、素敵な出逢い。
私は、自分の下敷きになっている学ラン男子を、まじまじと見た。切れ長で爽やかな印象の目元と、私を心配して向けてくれる笑顔が眩しい。力強い腕は、私をしっかり捕まえている。ああ、鳴りやめ心臓。うるさい、止まって………………
「…って、心臓は止まっちゃだめだろおおお!!」
「ぉわ!?」
急に立ち上がって大声を出した私に驚いて、学ラン男子が飛び上がるように仰け反った。あああ!ごめんなさいなんでもないですごめんなさいスミマセンほんと煩くて!と謝ると、何が可笑しかったのか学ラン男子はぶはっ!と吹き出して、爆笑しだした。
「君おもしれー!!坂道爆走とか何事だよぎゃははははは!!まぁ、怪我ないなら良かったけどさあ!……………ん?どったのー?オレの顔そんな見て?」
「っ、いえ!ごめんなさい不躾に!あまりにもかっこいいものですから!」
「へ?」
「ああああ!なんでもないですスミマセン!!……あ、あの良かったら…」
「君ほんとおもしれーな!良かったら、なに?」
『アド教えて貰えませんか?』ほんとは、そう言うつもりだった。本当は。本当なら。
「良かったら………つ、付き合ってください!!」
「…………………」
「……………?」
「…………………え?」
「え……え?ええええっ!!?ご、ごめなさ…っえええええっ?!!」
顔から火が出そうだった。いや、恐らく1回は出た。多分。火。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!口が滑ってつい…あ、じゃなくて、本当にごめんなさいーっ!」
「……………っぶは、」
「え?」
「ぎゃはははははは!!ほんと君なに者だよーっ?!坂道爆走して告白するってどんだけ斬新なの?!なに、これ最先端なの?!腹いてぇんだけどぎゃははははは!」
どうやら学ランの君は相当に笑いの坪が浅くおられたらしい。転がらんばかりの勢いで笑う学ランの君が麗しい。さっき怪我はないって言ったけど、頭は打ったかも知れない。
「あは…っ、げほげほ、…っはー、笑ったわー。こんな笑ったの真ちゃんがラッキーアイテムだっつって魚屋のおっさん学校に連れてきた時以来だわー。あ、やべ、また笑えてきた、ぶふっ。」
「あ、あの、スミマセンほんと!わわわ私これで失礼しますっ!助けて頂いてありがとうございました!貴方は命の恩人です!いつかお会いしましたらお礼させてください、では!」
「あ〜、ちょっとちょっと待ってよ!君早口過ぎー。オレの話聞いてよ?返事もまだ言ってねぇんだけどー」
「へ、返事っ?!」
「そー、告白の返事!」
そんなこと、改めて言われなくてもわかってる。改めて傷付きたくなんてないのに、学ランの君、あなたは小悪魔ですね…!
「いーよ。」
「…………………………は、」
「わははっ!その顔おもしれぇ!だからさ、告白の返事だって!いーよ、付き合ってあげる。君マジでおもしれーんだもん。名前は?」
「へ?あ、水無月カンナ、です、けど…え?OK……?」
「だからそうだって!よろしくカンナちゃん♪オレ、高尾和成ね!」
そう言って、さっきまでの爆笑の顔ではなく、綺麗に格好良く微笑んだ高尾くんに、私は改めて心臓を持っていかれたのだった。
《最高のマシンで迎えにゆくよ》
事故から始まる恋はありですか。
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