「待ってよ征十郎っ」
征十郎は、歩くのが早い。自分より背の高い(おっと、あんまり言わないようにしなきゃ)私より早い。曰く、時間を無駄にしないように、だそうだ。 私は、目的地に着くまでの道のりを手を繋いで歩くのも好きなのだけど、征十郎に無理強いさせる気はさらさらない。
「ねぇ、征十郎ったら。」
「…まったく、しょうがないな、カンナは。」
少し前を歩いていた征十郎が振り返って手を差し出してくれた。さっきまでのやり取りと言い、今の仕草と言い、征十郎は天使だけど、王子様にもなれるかもしれない。
お姫様にでもなった気持ちで、駅から水族館までの道を歩く。ああ、やっぱり靴を買って良かったわ。征十郎をからかうために買った、安物の7センチヒールのサンダルは、駅のゴミ箱に棄てて来た。
「…カンナ、」
「ん?なぁに?」
「歩くの遅いよ。」
「へ?あ、ごめんね?」
征十郎は普段、私のやることに文句を言わない。なのに、珍しいなー、と思いながら左隣を歩く(何気に車道側を歩いてくれてる征十郎って、ほんと出来た彼氏だなぁ)征十郎の顔を覗き込んだ。
「…どうした?」
「や、珍しいなー、って?」
「ん?」
「征十郎、普段私のやることに文句言わないでしょ?」
「…あー……」
言葉を濁した征十郎は、こほん、と1つ咳をすると、「カンナも、早く水族館に着きたいだろ…?」なんてそっぽを向きながら言う。 どうしよう、征十郎が可愛い。今すぐそのさらさらの髪をぐしゃぐしゃに掻き回したいくらい可愛い。可愛い、可愛い。
「っあー…可愛いなぁ、征十郎…」
「…るさいな。」
今すぐ征十郎を抱きしめたいけど、水族館が近付いて人通りも多くなった道(しかも子供連れの多いこと)でそれも出来ず、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
やっぱり、征十郎は天使だと思った。
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