「ん?私の記憶が正しければ、今日は買い物ではなく水族館に行く予定だった気がするけど?」



征十郎は微笑みにすら見える無表情を湛えたまま私を見ている。口は微かに笑っているけど目は相変わらず笑っていない。



「君に似合う靴を買ってあげようカンナ」



私は心の中でほくそ笑んだ。きたきた、と。



「おや、私のお気に入りの7pヒールのサンダルは征十郎くんのお気に召さなかったのかな?」



征十郎はほんの一瞬だけ忌々しげな表情を浮かべたが、それは本当にほんの一瞬だった。私以外なら恐らく見逃したであろうその顔に、私はなんとも言えない、喜びに似た感情を持った。



「そのサンダルじゃあ、歩いているときに転ぶかも知れないだろう?カンナのことを思ってのことだよ」



もっともらしい言い分だが、私はわかっている。



「ご忠告痛み入るよ征十郎くん。しかし私はそんなことしたこともないし、これからもしない。したがって、他に理由がなければこの靴を脱ぐ必要がないわけだよ。」



征十郎が、隣に立つ私を見上げる。そう、"見上げ"ているのだ。女である私を。本来見下ろされるべき相手である私を。首を少し傾けて。



「カンナ、僕の言うことが」

「聞けないね。征十郎くんらしくないじゃないか。正当な理由がないなんて。」



征十郎が私から目を反らす。

こんなことを言いつつ、これは喧嘩ではない。お互いに、そんなつもりなど微塵もない。


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