「賈ク、今晩つき合ってくれないかな?」


デスク前でなにやら書類に目を通していた恋人の姿を見つけ、声をかけた。
流れるような優美な動作で、たまたま空いていた賈クの隣の椅子にちゃっかり着席する。
いいでしょう?と、念押しするように、とびきりの笑顔を向けながら。


「あははあ、そいつはいいねぇ…って、あんたは何でここにいるんだ。今日は曹操殿達とお出かけじゃなかったのか?」
「ああ、それなら手早く終わらせたよ。一秒でも早く、貴方に会いたくてね」
「はいはいそーですか…」


郭嘉の軽口を適当にあしらいながら、賈クはなるほどと合点がいった表情をした。
賈クの言うとおり、郭嘉はどこぞの一流企業に曹操達と出かける予定だった。
しかし(郭嘉から見れば)大した案件でもないそれは、当然時間がかかるわけもなく。予定よりだいぶカタがついたのだ。


「私の部屋でいいかな?貴方の家より近いだろうからね」
「ああ、それで構わんよ」
「そうと決まれば早い方がいい。じゃあ、行こうか」
「は?…まだ終業前なんですが?」
「大丈夫、あと十数分しか残ってないうえ、今日は金曜日だ。週末のたった数分ぐらい、些末なことだよ」
「はぁ?!」
「そういう訳で、私と賈クはお先に失礼するよ」


手早く賈クの荷物をまとめてしまうと、まだ何かを言っている賈クの腕を強引に引っ張って郭嘉は出て行ってしまった。
その場にいた同僚達も、郭嘉の自由すぎる行動(その癖自分の仕事は、なんだかんだそつなくこなしているものだから、余計手に負えない。)にはすっかり慣れっこだ。
そして、毎回それにつき合わされる賈クの姿にも。
ご愁傷様。
心の中で合掌し、同僚達は見て見ぬふりを決め込んだ。


*


観念した賈クと車に乗りこむと、大量の酒とつまみを買い込みマンションの自室へと向かった。
談笑しながらだらだらと飲み続け、次々と空瓶をこしらえていたのだが―――


「…これはもう何を言っても聞こえていない、か」


いくら彼が酒好きと言っても、私のペースにまともにつきあえば平気な訳がなく。
日付が変わる頃には、賈クはすっかり酔いつぶれて寝入っていた。


「賈ク、起きて。…このまま起きないのなら、襲ってしまうよ?」


これではもう帰宅は無理だろう。
いい雰囲気で酌み交わした後、そのままベッドに――、なんて下心がなかったと言えば嘘になる。しかし、このまま寝て愛しい人に風邪をひかれても困る。
おそらく起きないだろう。そうは思いながら、一応賈クの肩を揺すってみる。
案の定彼はんん、だの非難めいた呻き声をあげては、すぐにまた安らかな寝息をたててしまう。こちらの言葉はすべて、両耳を素通りしているらしい。

―――本当にこのまま襲ってしまおうか。
いたって大まじめに思案しかけてふと、ちょっとしたイタズラを思いついた。
きっと楽しいことになるだろう。ふふふ、と笑みが勝手にこぼれる。
賈クが見てたらきっと、アンタのその顔はロクでもないことを考えてる時だ、とでも言われそうだ。


「これは貴方が悪い、かな」


眠る賈クの背後に静かに座ると、衣服をそっと乱す。
あえて下はそのままにしたものの、ネクタイは解かれ、シャツはボタンが外され前が全開だ。上だけはだけさせた格好が、かえっていやらしい。
彼はやはり起きない。警戒心の強いこの人が、ここまで無防備な姿を晒すのは、きっと私の前だけだろう。
優越感に、口元がにんまりと弧を描く。


「さて、どこまでしたら彼は起きるかな」


静かな部屋に響いた声は、我ながら楽しそうだった。
癖のない黒髪を払い、うなじにやわらかく唇をよせる。
筋張った首の硬い感触を楽しみながらちゅ、ちゅ、とバードキスの要領で、口づけの雨を降らしていく。鼻をよせると、かすかにアルコールの匂いがした。つられてこちらまで酔いが回ってしまいそうだ。


「ん……ぅ………」
「眠っているのに、反応しているなんて。かわいい」


―――今すぐこの首に、赤く淫らな花を咲かせたい。
しかし強く吸えば、痛みで目を覚ましてしまうかもしれない。せっかく面白くなってきた所なのに、それでは興ざめだ。


「しかたない。貴方が目覚めたら、その時にたっぷりと痕をつけてあげるよ」


吸う代わりに舐めながら、手を下へ下へと降ろしていく。
すでに脱げかけている服に手をかけ、一息に背中まで露わにしてしまう。
無駄な肉のついていない背を目で楽しみつつ、背骨のラインを辿るようにつぅっ、と指でなぞる。


「んん…ッ……」


ぶる、と目の前の痩躯が震えた。
その震えは、快感からだろうか。それとも脱がされて寒いからだろうか。
けれどからだを震わす理由なんて、私にとってはどちらでもよかった。
恋人の肌のぬくもりを感じたくて。賈クが寒くないように。
抱きしめるように、背後からそっと覆いかぶさった。


「ん、ぅ…はぁ…ッ」


そろり。シャツの下から手を忍ばせる。
引き締まった脇腹を撫で、爪先で皮膚の表面をなぞった。
触れるか触れないか。産毛を撫でるような、絶妙な力加減で腹と腰をくすぐる。
少しずつ、だが確実に。性感を呼び起こす動きに、賈クの息もあがっていた。


「う…ん、あ、ァ…!」


その間にも、背中は休まず舌で愛で続ける。
戯れに、骨の出っ張った部分を軽く吸うと、びくっと反応を返してくるのが堪らない。


「ぅ…かく、か…どの…」


さすがに起きてしまったか。
不意に聞こえた己の名を呼ぶ声に、ぴたりと動きが止まる。背後からこっそり賈クの表情を覗いて、様子をうかがってみる。
しかし、一向にまぶたが開く気配がない。それどころか、また規則正しい呼吸が聞こえてきた。
―――この人は、夢の中でも私とまぐわっているのだろうか。
その事実に何故か、とてつもなく胸が高鳴った。


「もっと、気持ちよくしてあげるよ」


まだ起きないなら、もう少し遊んでみようか。
そう判断するや否や、悪戯の手を再開する。
心ゆくまで腹部や腰を愛でた両手は、両脇へと移動した。
ゆっくりと円を描くように、爪の表面だけを使って肌を撫でる。


「ぅう…ッ、んぁ、あ…ア、はぁ…っ…!」


脳髄をじわじわと蝕む熱は、賈クのからだをぐずぐずに蕩けさせているようだ。
悪い指は脇から胸部へとシフトし、指すべてを使ってゆったりと触れる。
触れてほしいであろう乳首にはわざと触れないようにしながら、親指がぎりぎり乳倫を擦るきわどいラインを狙って、胸全体を愛撫した。


「かくか、どの…?」


ようやっと、覚醒したようだ。
いつもの理知的なまなざしはどこへやら。まだ焦点の定まらない、ぼんやりとした寝ぼけ眼で見つめ合う。
その顔はアルコールのせいで赤く火照っていて、まるで愛し合っている時のそれみたいだ。ずし、と下腹部に熱がたまる。


「あぁ、お目覚めかな」
「……アンタ、なにしてんだ」
「貴方があまりにもぐっすり眠っていたから、退屈でね。少しイタズラを仕掛けてみたんだ」
「は…!ひっ、ぁア!」


この状況の異常さと疼くからだに気づいた賈クは、慌てて離れようとする。
だがこんなにも美味しそうな、眼前の獲物をみすみす逃すなんてありえない。
先ほどまで全身を愛でていた指で、乳首に触れる。
知らぬうちにとはいえ、散々焦らされ続けたからだには過剰な刺激だったようだ。
逃げようと立ち上がりかけていた賈クは、がくりと膝をついて座りこんでしまった。


「あ、んた…寝込みを襲うなんて、最低だ…!」
「おや、賈クだってやらしい声をあげて悦んでいたよ?気持ちよかっただろう」
「誰が…!」
「えっちな顔して、今の賈クとてもかわいい。私に触れられて気持ちよかったと、素直に認めてほしいな」
「ひぃッ…!そこ、で喋るなァ…っ!」


弱い快楽の炎でじっくりと煮詰めたからだは、刺激にひどく脆弱だ。
耳を喰み、彼の好きな甘ったるい声で囁く。ついでに吐息をふぅっ、と吹きこめば、耐えられないと身悶え訴えた。
快感に必死に耐える恋人の姿は、何よりも私の本能を煽る。ぞくぞくする。


「それにほら、ここだってこんなにぐちゃぐちゃに濡らして」
「ああァ!や、嫌だッ、そこは、触るな…ひぅ、あ…ッ!」
「イタズラをしたといっても、私はただ触れていただけだよ。それなのにここまで感じてしまうなんて…本当に淫らになったものだね」
「誰の、せいだと…!」
「そうだね、私のせいだ。この私が賈クのからだを開発したのだから、ね」
「んぅッ…!」


布越しに触れた下肢には血が通い、涎を垂らして私を待ち望んでいた。
そこをやわやわとしごきながら、精一杯虚勢を張っている薄い唇に口づけた。
舌を絡ませ合い、貪るように深く深く求めればすぐに素直になって、私を欲して自ら舌を伸ばしてくるのが健気でかわいらしい。


「ちゃんと責任はとるよ。だから、もっと乱れた姿を私に見せてほしいな」
「あ、っあ、も、駄目だ、ひゥ!イく、やめろ、っあア」
「イっていいよ。このまま出して」
「や、いや、あ、ぁア、イく、んッ、ぅあア……―――!!」


せめて脱がせてくれ。視線での懇願を無視し、布地の上からとどめを刺すように激しく熱を責め立てる。
同時に胸の飾りをぐりっと強く押しつぶすと、ズボンと下着を履いたまま彼は射精した。ズボンにじわりと白濁が染みこみ、青臭い独特な精のにおいが部屋に漂う。
脱力し、テーブルにぐったりと倒れたからだを抱きかかえると、そっとベッドへと移動させた。
ぼす、とベッドに沈めるとスプリングの軋む音が響いた。


「まだまだ、終わらせないよ」
「な…?!はぁッ…も、むりだ……」
「貴方がいやらしすぎるから、私だっていまさら止められないんだ」


彼の痴態にあてられいきり立った自身をぐっと布越しに押しつければ、生々しい感覚にびくっと腰がひけ身をすくませる。
腰が物欲しそうに揺れているのに、彼は気づいているのだろうか。


「賈クだってもの足りないのでしょう?」
「誰が……!」
「ねぇ、挿れていい?」


瞳を見つめ、言葉を求める。賈クの瞳に映った私は、目がギラギラと光っていて我ながら獣のようだった。
だが賈クも目が潤んで、私と同じぐらい物欲しげな顔をしている。
結局のところ、賈クとて本気で嫌がってはいないのだ。本気で嫌ならば、私を押しのけて逃げるぐらいはできるはずなのだから。


「やっぱり、アンタは、ずるい………」


賈クはぽつりと呟くと、目を閉じた。
了承の合図と、そう取っていいだろう。返事の代わりに唇を恭しく寄せた。

まだまだ、夜はこれからだ。




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