「お待たせ徐庶殿ー!徐庶殿いるぅ?」


声を小さめに抑えながら、しかし逸る気持ちは抑えきれずに、少し荒っぽい手つきで図書室の戸を開けた。入ったそこは人気が全くなく、シーンと静まり返っていた。

同級生の馬岱と徐庶は、(周囲には秘密にしているが)所詮恋仲だった。
けれど、二人はクラスも離れている上、馬岱は部活に所属していてなかなか一緒に過ごせる時間はなかった。
だから、徐庶は図書室で本を読みながら馬岱の部活が終わるのを待ち、一緒に帰るようにしていた。
このわずかな時間が、ふたりっきりの貴重な時間だった。


「徐庶殿ー?…あぁ、寝ちゃってたのね」


ようやく見つけた思い人は、本を広げたまま腕を枕にして眠っていた。
眼鏡をかけたまま寝てしまっている。きっと、顔には痕がついてしまっているだろう。
だがそんなこともお構いなしで、徐庶はすやすやと安らかな寝顔を浮かべていた。夕日に照らされたその顔は、幾分か幼く見えた。


「眼鏡ぐらい外せばいいのに…お疲れだったのかな?」


ふふ、と笑むと、馬岱は起こさないようにそっと徐庶の眼鏡を外した。
その拍子に目覚めてしまったらしい。
瞼が重そうに上がると、ぱちぱちと数度まばたきをして、寝ぼけ眼でこちらを見つめてきた。


「ん………ばたい、どの……?」
「起こしちゃったね。おはよう、徐庶殿」
「あぁ……寝てしまっていたのか。すまない」
「別にいいよぉ。待たせてたのは、俺の方だしね」


ようやく馬岱をちゃんと認識したらしい徐庶は、慌てて本を閉じて馬岱へすまなさそうな顔を向けた。
しかし、その表情はどこか所在なさげだった。


「えぇと、馬岱殿…その、俺の眼鏡は…?」
「え?あぁ、君が寝てたから俺が外したけど……もしかして、徐庶殿ってけっこう目悪い?」
「そうなんだ。眼鏡がないと、君の顔もいまいちよく見えないんだ…」


普段学校ではずっと眼鏡をかけているせいで、気づかなかった。
休日でも眼鏡なりコンタクトなりをしているから、馬岱にとっては初耳だった。
手元のグラスをしげしげと眺めながら、興味本位に馬岱は問うた。


「へぇー、君って目よさそうに見えるんだけどね。ねぇ、コレちょっとかけてみてもいい?」
「あぁ、俺は構わないよ。ただ、君には少し度が強すぎるかもしれないけど…」


大丈夫だよぉ。そう言いながら馬岱は眼鏡をかけた。
ぐらり。
グラス越しに見た、図書室も徐庶の顔もオレンジの光も、ぐにゃりと歪みぼやける。同時に頭もくらくらしてきたから堪らない。


「うっわ……君、よくこんなの毎日つけてるね……」
「ほら、だから……」


忠告したのに。そう諌めて止めさせようとしたのに、徐庶はそれをできなかった。
見慣れない、眼鏡をかけた馬岱に目を奪われる。
ドクン。度が合わないせいで顰めっ面をしている、けれどどこかその真面目な表情に、心臓がより一層跳ねた。
カッコイイ。それが徐庶の率直な感想だった。


「…庶殿、徐庶殿ー?どうしたの、顔真っ赤よ?」
「え?!いっ、いや、なんでもないんだ!」


声をかけられて、ハッと我に返った。
指摘された頬が熱い。まるで燃えているようだ。
しかも眼鏡をかけたまま、不思議そうな表情でこちらを見つめてくるものだから堪らない。
ただグラス一枚を隔てただけなのに、こんなにも心乱されるなんて。


「あ、もしかして、眼鏡かけた俺に惚れ直しちゃった?」
「な…っ!?」


いたずらっぽく笑って、うろたえる徐庶に顔をぐいと近づけた。
それだけでも、赤い頬を更に赤らめて、あたふたする恋人が可愛らしくて仕方ない。


「そっ、そんな訳ないだろう!そろそろ返してくれ!」
「もう少しだけ貸してよ。それよりさ、ホントに違うんなら、もっと近づいても平気だよねぇ?」
「わ…っ!!」


反射的に逃げようとした徐庶殿を、ぎゅっと抱きしめた。どくどくと彼の心臓が忙しなく脈打つのが衣服越しにわかった。
彼もついに降参したらしく、まるで林檎みたく赤くなった顔を首筋に埋めてきた。


「…君は、いじわるだ」
「うん、そうだね」
「俺の気持ちなんて、わかっているんだろう?」
「そうだね。全部わかってるよ」
「なのに、俺をこうやって揶揄うんだ」
「ゴメンね。君があんまり可愛い反応するからさ、つい苛めすぎちゃった」


拗ねた口調で俺を責めながら、おずおずと抱き返してくるこの人が愛おしい。
溢れ出しそうな気持ちを伝えるように、どちらからともなく口づけた。




あれから、やっと眼鏡を徐庶殿に返して、二人そろって学校を後にした。
太陽は沈みかけていて、既に東の空は暗くなりかけていた。
カナカナカナ。どこか遠くで、ひぐらしの声が聞こえた。


「こんな可愛い反応の徐庶殿が見れるんなら、俺も伊達眼鏡でも買ってつけよっかなー」
「それはやめてくれないか…俺の心臓が持たないよ……」


薄暗くても、彼の照れた顔はちゃんと見えた。
その顔をもう少し見て痛くて、わざと歩調を遅めて、手を繋いで歩いた。
いくら夜になりかけているとはいえ、まだこの季節はむし暑い。それでも、つないだ手を離したくなかった。


「それに…キスする時邪魔だから、やっぱり眼鏡はないほうがいいな……」


ふと立ち止まって、恥ずかしそうにそう言う恋人に、今度は俺の頬がカッと熱くなった。
彼と少しでもこのままでいたいから、ずっと日が暮れなければいいのに。
心のどこかでそう願った。






珍しくピュアなもの書いた

戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -