ワンライお題「郭嘉」
2014/12/08 23:50
ワンライに初めて参加してみました。…余裕で遅刻しましたがね。
ほんのりシリアスな話。
―――冬は嫌いだ。
誰に聞かせる訳でもなく、独りごちる。
すぅ、と息を吸えば、ひんやりと冷たい空気が肺を侵した。
しんと静まり返った真夜中、何故か無性に外が見たくなって、私室から飛び出した。
一人で庭を眺めるのに適当そうな回廊を思い浮かべ、黙々と歩を進める。足早に歩けば冷ややかな向かい風が頬を打ったが、気になんてならなかった。
「…これは、見事に積もったものだね」
ようやく壁の列が途切れ、目当ての場所に着くとそこには、思った通り一面の銀世界が広がっていた。
その上に浮かぶ見事な満月の光が、一層白さを際立たせている。
「本当に、寒い………」
薄っぺらい寝間着のまま飛び出してきたものだから、衣服は防寒の役目をまるで果たさず、冬の冷気が全身を容赦なく苛む。
外にいるのはまだ、ほんの僅かな時間なのに、もう指先がジンジンとかじかみだしていた。
私は、冬が大嫌いだ。
全てを雪化粧で覆い隠してしまう白々しさも嫌いだ。人肌のぬくもりを消し去ってしまうところも嫌いだ。生きとし生けるもの全ての生を奪い尽くしてしまうような、無情な冷たさも好きになれなかった。
―――けれど、今はこの無情なまでの冷たさが心地よかった。
このままただ立っているだけで、冷たい空気が指先だけでなく全身を凍らせてくれるだろう。そして皮膚の熱を喰らい尽くしたら、私の低い体熱もじわじわと奪い取ってくれるに違いない。
「私は、まだ、生きている…」
生を奪うはずの寒さに比例して、頬に集まる温かい血液が、体を温めようとドクドク脈打つ心臓が、生きようと全身が必死に活動しているのがはっきりとわかる。
生きる楽しみも活力も無くしてしまった、もはや死にかけの体は、それでもまだ生を諦めてなどいない。それがどうしようもなく嬉しかった。
そうだ。いっそ、このまま―――
「このようなところで立ち尽くして、何をなさっているのですか」
唐突にかけられた声が、私の思考を現実に引き戻した。
声がした方向を見ると、そこには荀イク殿の姿があった。
「やぁ、これは奇遇だね。こんなにいい月が出ているんだ。少しばかり月見をと思ってね」
「そんな寒々しい格好で、ですか」
顔色が余計に真っ青になっています。
呆れながら彼は私の側に歩み寄ってくる。その表情は、心底私を案じていた。
「部屋に戻りましょう。体が冷えきっています」
「もう少しだけ、このまま眺めていたいんだ」
雪景色をぼんやりと眺め、荀イク殿と視線を合わせないまま懇願する。
その間にも私の体温はどんどん奪われていく。
「…このままだと、凍え死んでしまいます」
「そうだね」
「郭嘉殿は、このまま死を迎えることを望んでおいでですか」
「それもいいかもしれないね」
半ば本気にそう思いながら、力なく笑う。
さすがにそれは聞き捨てならなかったのだろう。荀イク殿は私の手を取ると、冷えきったそれを温めるように優しく包んだ。
「悪い冗談はほどほどにしてください。殿も賈ク殿も皆、貴方を心配しています。…どうかご自愛ください」
キッと鋭い眼差しで、けれど祈るように私を見据えた。
ずるいな。そんな風に言われたら、無下になんてできないじゃないか。
「…貴方は覚えているかな」
「何が、です」
――遠い昔。私も荀?殿もまだ、ほんの幼い子どもだった時の話だ。
当時から病弱だった私は、ある冬、風邪をこじらせて長いこと部屋に篭もりきりだった。
その時ちょうど雪が降り積もって、まっさらな雪景色ができあがったものの、病を得た私は窓からそれを眺めることしかできなかった。
どうしても、あそこで遊びたい。
まだ子供だった私は我慢できず、周りの目を盗んで家を飛び出した。
思う存分雪を楽しんだはいいものの、何も考えずに飛び出した私はやはり薄着だった。次第に楽しさよりも寒さが勝り、ガチガチと体を震わせて座り込んでしまった。
そんな私を一番に見つけたのは、荀イク殿だった。その時も彼は、かじかんだ私の手を取って温めてくれた。散々に叱られながらだったけれど、あの手のあたたかさがとても嬉しくて、懐かしかった。
「……随分と懐かしい話ですね」
「…幾つになっても、貴方は変わらず優しいね」
「郭嘉殿がいつまで経っても、ご自分の身を顧みようとしないからでしょう」
「はは、それもそうだ」
ごもっともな返答に苦笑しながら、そっと荀?殿の手を外した。
あれほど冷たかった私の手は、だいぶ温まっていた。
「…また来年も、雪景色を眺めたいものだね。昔のように」
「そう、ですね」
つい口から漏れた叶わぬ願いに、心の中で自嘲する。
…自分のからだのことは、自分が一番わかっている。
「さて、そろそろ部屋に戻ろうか。寒い中つきあわせてすまなかったね」
「いえ…」
我ながら馬鹿馬鹿しい妄想だった。こんな方法でしか生を感じられない自分が惨めったらしくて仕方ない。
これ以上の幸せを望むなんて、とうの昔に諦めたはずなのに。
嗚呼、でも。
本当は、来年もまた―――。
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