小説 | ナノ


施しの魔法



五年以上付き合ってた彼氏が浮気していた。それも二年前から。
付き合ってた時はずっと幸せで何も疑わずにいて、結婚まで考えてたのに。
ショックのあまり一晩泣き続けて、泣き疲れて眠って、喉が渇いて起きて、一緒に過ごしたこの賃貸アパートの一室すら恨めしく思えてきて、最低限の荷物だけ持って部屋を出た。
街を歩くカップルから目をそらした先に酷い顔の女がいて、ドン引きしてみたらそれはガラスに映った自分で、更にそのガラスの奥には昔彼が贈ってくれたネックレスのブランドの最新作がライトを浴びて煌めいていた。
私が何をしたというの。私のどこがいけなかったの。あいつが恨めしい。どうして、どうして…。

「ねえ、大丈夫?」

いつの間にかその場で俯いていたらしく顔を上げてみれば、綺麗な女の子が心配そうに私の顔をのぞき込んでいた。
「…あ、だいじょうb」
「わっ、すっごい隈!それに腫れちゃってる!」
彼女は大きなエメラルド・グリーンの目をさらに大きくして驚いてみせる。
「そんな顔してたらカワイイが台無しだよ!…よーしっ、アタシと来て!」
返事をする間もなく手に引かれ、私たちは街を歩きだした。

最初に連れられてきたのは、某ブランドの化粧品売り場。
ぼんやりしている間に肌診断やらタッチアップやらが進んで、目の前に置かれた鏡の中にはいつの間にか目元も肌もすっきりした自分がいた。
「す、すごい…」
「じゃ、これパピッと購入で!」
「えっ!?でも私そんなにお金…」
「大丈夫!これはアタシからのサービスだから!」
店員さんも何故かニコニコして見守ってるし、何が何だかわからない内にまた手を引かれて、次は服屋に来た。
部屋を飛び出してきたから適当すぎる服装だった私に、また彼女はテキパキと選び抜いて着せ替えた。呆然としていたのもあったけれど、彼女がなんだか楽しそうにしているものだから止める気にはなれなかった。

その後もネイルや靴や、いろんなお店を回って彼女の事も教えてもらった。
彼女は水嶋咲ちゃんという子で、”カワイイ”が大好き。カフェで働いてるということも教えてくれた。
何となく不思議な子だとは思ったけれど、夕方まで歩き回って色んなことを話して、いつの間にか彼氏の事はどこか遠くにいってしまう位に楽しかった。
「咲ちゃん、今日はありがとう。こんなに楽しかったの、すごく久しぶりだったよ」
「アタシも楽しかった!なまえさん、また遊ぼうね!」
「うん。お礼もしたいし、また会おうね」

連絡先も交換して、また会うことになった日のこと。
信号待ちの間に街頭ビジョンを見ていると、化粧品のCMが流れ出した。
「あ、これこの間咲ちゃんが買ってくれたやつ………」
『あ…』
『観念して、美しくおなり…』
『―私が私を好きになれるコスメ。新登場――』
「…え!?これ、咲ちゃん!?」
「えへへっ、バレちゃった!」
隣に並ぶ彼女は、画面と同じ色の唇から悪戯っぽく舌を覗かせて笑った。