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深みへ嵌って




「俺、ここでいいですから…行きませんか」

これは一時避難だ。私たちはプロデューサーとアイドル。決してやましい関係ではない。
そう心の中で何十回も唱える。
ホテル街の中でもあまり派手すぎないホテルの一つに二人で滑り込む。

「…ご宿泊ですか?」
「あ、は、ハイッ」
小窓にカーテンの掛けられた管理室から、中年くらいの女性の声がする。
それにすらどぎまぎする龍の姿は初々しくて、面白い。
「一泊で一万千八百円です………ありがとうございます。エレベーターで四階まで上がりまして、左手のお部屋です。ごゆっくりどうぞ」
「行きましょう、プロ……なまえさん」
「う、うん」
その呼び方に一瞬驚いたが、こんな場所でいつもの呼ばれ方をされる方が困るのだと気づいた。龍はたまに空気の読めない点があるが、気配りはよくできる。むしろ、私の方がかえって普段通りにしてしまいそうなくらい緊張していた。

漸く部屋に入り、ソファへ腰を落ち着ける。
「とりあえず、これで安心かな?」
「……あっ、ああ!そうですね!!」
「…なんの話かわかってるよね?私たちは、休憩に来たんだから…」
「はい…」
あれ?と、ここで受付での龍のやり取りを思い出す。“ご宿泊ですか?”“はい”。
「……龍、宿泊で受付したでしょ」
「え?あっ…!?」
今までにないくらい大きなため息が口から出た。いや、龍に任せてしまった私も私だ。
…朝までここにいるしかないのか…。
「シャワー浴びてきていいよ。汗かいたでしょ」
「えっ、でもプロデューサーさん…」
「私は少し、確認することがあるから」
「じゃあお先にいただいちゃいますね」

扉の向こうから、シャワー音が聞こえてきた。
…さて、どうしよう。
ベッドは一つ。ソファも二人が座るギリギリの狭さでできている。
パジャマに至っては薄手のバスローブだけ。
…そして何よりも目を向けたくないのが、ベッドの上に備え付けられたコンドーム。
ここが“そういう所”だと、強く認識させられてしまう。

ひとまず、身一つでシャワーを浴びに行ったであろう龍に、バスローブを届けに行こう。
「龍、着替え置いておくねー」
「あっありがとうございます。」
私が脱衣所から出て間もなく、バスローブ姿の龍が出てきた。
「じゃあ私も入ってくるね」
風呂場に入るとまだ少し温かさが残っていて、自分の前に入浴した人をいやでも彷彿させた。

風呂場から出ると、ベッドの脇で龍が体を硬直させていた。
「…龍?」
「わーっ!!?」
「!?えっ、驚かせちゃった…?」
「いやあのその、そういうんじゃ…!」
わたわたとベッドの上に触れる龍の手の隙間から、先ほどのコンドームが見えた。
「あ、片づけ忘れてた。」
「……。」
「……いや!それ元からあったやつだから!!」
ひどく困惑した目で見られたので慌てて弁解する。
「そっかぁ、よかった」
「良かったって…私が持ってても問題ないでしょう」
「えぇ…プロデューサーさんが持ってるイメージないなぁ」
「喧嘩売ってる?」
「プロデューサーさんが持ってるってことは、使う相手がいるってことだろ?それってなんだかやだなって……」
男に縁がなさそうって言ってるようなものだろう、と龍を睨むが、それよりもずっと真直ぐな目で見つめられ言葉に詰まる。

「……。」
「…プロデューサーさんのこと好きだから、これ持ってるのは嫌だ…」
「…それって、期待していいの?」
「……期待させちゃ、ダメなんですか」
顔を真っ赤にして少し涙目になった龍は妙に色っぽくて、私はその瞳に、心に、やがては全部におぼれて死んでしまうんじゃないかとすら思えた。