:: ▼幻影くん





 銀色に青色のストライプが入ったポルシェは、数日後、此処へ帰って来た。先日、突然発生した黒い雲の天気が嘘のように、真っ青に晴れた日。シルバーがきらりと反射して、誰も居ない運転席になど目も暮れず、滑らかで艷やかな車体に虜になるように。
 暫く会えないかもと言い残して去って行ってしまった時、これも一期一会のひとつだからとさらりと受け流していたのに。その輝きを再び視界に入れると、おかえりなさいと出迎えずにはいられなかった。思い出にするには少し勿体無いような出会いだったから。また会えて嬉しいよ。素直にわたしは、地球外生命を歓迎する。
 ボンネットを揺らして応答した彼、ミラージュは「ただいま」と言って、今すぐにでも変形したくてたまらないようではあったが、生憎此処は一般市民が通る道。場所をわきまえているようだ。高級車に少し寄っかかるようにして、運転席の様子を窺う。
 しかしお喋りなミラージュらしからず、しばしの無言に。疑問符を浮かべて、どうしたの? と問う。すると、呆けたような声で"お願い"してきた。


《いや……おかえりって良い響きだなって思って。もう1回言って?》

「なにそれ」


 どういうこと? と首を傾げて説明を求めると、啖呵を切るミラージュ。


《良いじゃないか! 死物狂いで戦場を生き抜いてダチも護った俺を労ると思ってさ! 実際死にかけたけど! 危なかったんだよ、まじで、でも負けるわけにはいかねぇえ! って踏ん張って、テラーコンをボコボコにして、ノアに直してもらってから漸く此処へ帰って来たわけだし。つまり、あんたからの勝利の祝福を何回も聞く権利があるのさ、俺には》

「お、大袈裟な……」

《大袈裟なもんか、》


 お喋りに戻ったかと思えば。よくもまぁ、そんなに早口につらつらと話せるものだと感心してしまう。
 ふん、と堂々と胸を張るミラージュのイメージが浮かぶ。戦いがあるとかなんとかで確かに出払っていたので、嘘ではないことは解っている。それにしても、ただ単におかえりと言っただけなのに、不思議なことを言うなぁと思って、元気にチカチカさせるカーステレオをウインドウから覗き込む。


「まぁいいよ、何度だって言ってあげる。おかえりなさい」

《イヤッホー、最高》


 スパークが熱くなるぜと言いながら、エンジンを蒸す。この場がサーキット場であったなら、次の瞬間飛び出してしまいそうな勢いだ。そんなに喜ばれるとなんだか恥ずかしくなってくるんだけれども。


《直してくれた時にノアにも言われたが、あんたにも言われるとまた違うなぁ、ふーん、これが故郷ホームってヤツか……》
「また何か言った?」
《いーや何でもねぇ気にすんな》


 その後もミラージュはブツブツと何か言っていたがうまく聞き取れなかった。そう。そう言うなら、気にしないけど。
 わたしは車体から離れた。会話を終えるためにもさらに離れようとしたが、彼はグイグイくる。まるで車を寄せる煽り運転のように。


《それで? このあとは時間があるんだろ? なぁなぁ?》

「あると言えばあるけど」

《じゃあちょっとそこまでお連れしますよおじょーさん》

「でもやらなきゃいけないこともあって、」

《それって俺と出掛ける以上に大事なことってワケ?》

「そうだって言ったら?」

《今此処であんたが折れるまで誘い出す》

「なにそれ」


 熱烈なスポーツカー。声のトーンまで変化させて。真面目に吹き出すところだった。どういうこと? 再び疑問を経て、わたしはクスッと笑って受け流そうとした。このままでは車と会話している不審者になりかねないので、車体と距離を取るべく、わたしは一歩下がった。


《ohマイレディ! 俺は真剣だぞ、あんたとドライブデートするために抜け出して来たってのに!》


 それをどう捉えたのか。カーステレオは音楽でも流す勢いで騒ぎ出す。おもしろおかしくなって結局笑ってしまった。ぷんすかと白い煙が見えるよう。あの手この手で誘われて気分が悪くなる相手ではない。むしろ、楽しい気分にさせてくれるだろう。諦めて彼に乗ろうと思う。


「そこまで言うなら、乗っちゃおうかな」

《お任せをってね! フルコース決めてやる》

「あ、待って……財布と、鍵だけ閉めさせて」
 
了解ラジャー


 待たせるのは悪いけど、こればかりは仕方ない。家を出るために準備して、再び外へ出れば。
 今か今かと待ち構えるポルシェに笑みが溢れる。お手をどうぞ? と言わんばかりに助手席のドアがゆっくりと開く。嗚呼、初めて出会った時の胸の鼓動が帰って来る。喋る車なんて──しかも戦うこともできるようだし──初対面の時は恐怖でしかなかったけれども、逆に喋る車だからこそ惹かれる何かがあるのだと認識できる。きっとわたしは、待っていたのだ。彼を。帰って来なくても平気だと思っていたのに、こんなにも胸が震えて嬉しいのだから。
 本当に来てくれたんだなぁと、しみじみとしながら、銀色と音楽となかへ包みこまれてゆくのだ。


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20231001.Twitterより



2023.10.01 (Sun)


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