T(姫君の玉の輿)

 監禁――人を一定の場所に閉じ込め、脱出出来ないようにする事。缶詰、軟禁、幽閉などと同義。

「……何これ」

 公務を終えた晩、部屋の角で蹲っているかと思いきや、それなりに自由に過ごしていたエリゼから手渡されたのは意図の掴めないメッセージ。辞書に書かれていた事をそっくりそのままコピーしたような文面であるが、こんなものを突き付けられてもどう反応して良いやら。

「私の現状よ。この張本人が」

 聞き返しただけなのに、不機嫌に怒られる。はて、この言葉と彼女の状態は一致するだろうか。

「少なくとも君は此処から脱出出来るし、別に縄で体を縛ってる訳でも……」
「あのね。そういう物理的な事じゃないわ。肉体を縛るならまだしも、貴方のは精神攻撃よ」

 ――つまり彼女の精神を捕まえている、という事か。それが真実なら、願ったり叶ったり。
 要領を得ない王子に盛大に溜息をついて、大体ね、とエリゼが続ける。

「幾ら一つ屋根の下にいる婚約者とて毎日会うものじゃないの」

 へえ、そうなんだ。初めて知ったなあ、そんな話。世間ではそれが常識なんだろう。しかし、此処は天下の王宮である。

「僕の父上と母上は毎日何かしら顔を合わせてるけど」

 だからその決まりは関係ないよと受け流すと、それは王族での決まりでしょうと言い返される。

「この現状が放置されてるのだって、皆が暗黙の了解で何も言わないだけで」
「いや、色々言われてるけど。それでも手を出さないのは、事なかれ主義だからじゃない? 関わってクビにされたら嫌とかさ」

 そんな冷酷な。確かに主の機嫌を損ねるのは使用人としては避けたいだろうが、だからってこんな、こんな非人道的な問題を無視するのは人として――

「何にせよ、彼等に罪はない。結局止めるも止めないもその人の心持ち次第だし」
「だったら今すぐ解放して頂けないかしら? カイン王子殿下」

 偉そうな事を言って話を終わらせようなどと、私は許さないわよ。わざとらしく他人行儀的に名を呼び、笑顔の威圧が増しに増す。

「はあ……流石僕が見込んだ女性だね。常に高潔であろうとする」
「はあ? 意味不明な事言ってないで、早く私を解放なさい」

 褒めたつもりなのに戯言扱い。もう慣れつつあるが、それでも傷付く。折れて欲しいのになあ。

「何時になったら、見る目を改めてくれるのかなあ」
「見る目ならとっくに改まってるわよ。悪い方向にね」
「嫌だな、君が好きなだけさ。それくらいは認めて貰いたいね」
「仮に、百歩譲って貴方の想いを認めたとしても、こういう事をして良い理由にはならないわ」

 貴方犯罪者にでもなりたいの? 終いにはそう言われ、がっくりと項垂れる。一旦引いた眠気が暴発しそうだ。
 全く酷い展開。別に婚約者だからって何をしても良いとは思っていない。それくらいの価値観はある。

「まあとにかく、腰を落ち着けよう。立ち話は疲れる」
「一国の王子が情けない事。ちゃんと鍛えているのかしら」

 鍛える? 何を? ――そう言いかけて、話を遮るのが億劫になったカインは馬耳東風を決め込んだ。
 どうせ“人間は体が資本なのよ”と何処ぞの書物に書かれていそうなありふれた文句を宣うに決まってる。そんな常識、百も承知。

「君、今日はどうやって過ごしてたの」

 伏せがちの瞳が、ぼうっと婚約者を凝視する。幾ら罵られようと彼女は愛しい人に変わりない。
 心底から自分を嫌っている訳ではないから、それが嬉しくて許してしまう。それに、彼女への想いに反する事は本能的に無理だ。

「昨日までと変わらないわ。キーユ様とネア様がいらっしゃって、何故か私以上に憤慨していたけれど」

 論点をすり替えるな! 注意でも飛ぶかと思ったが、エリゼは存外あっさりと答えてくれた。その内容は無問題として。

「はは……姉上は面白がってるとしても、ネアはね……あの子は純粋無垢で良い子だよ……」

 対面早々に釘を刺された場面を思い出し、辟易するカイン。
 我が妹ながらとことんまで姉思いである。彼女と仲良くなってくれるのは喜ばしい限りだが、将来が心配だ。色々と。

「さて、お風呂に入って寝るか……その間に抜け出したりしないようにねエリゼ」

 ――ちっ、一々言及しやがって。庶民的に言うならばきっとこう罵声を浴びせるだろう彼女のかんばせが崩れる。うわあ、見事な顔芸。そこはかとない黒さが漂っている。

「もう、そんな顔しないでよ。笑って笑って」

 ――はっ、こんな状態で笑えるか馬鹿野郎。ガラの悪い言葉遣いを当て嵌めるならば、きっとそう言うだろう彼女の口角は薄ら寒い嘲笑が浮かんでいた。最早罵詈雑言も尽きたか。単に面倒になっただけか。

「ベッドは広いんだから、一緒に寝るのは良いだろう? もう一回してるし今更だよね」

 上目遣いで同意を問うとぐっと喉を詰まらせ、エリゼは何も返さない。心ならずも従うと言った感じだ。

「大丈夫。疚しい事はしないから」

 真面目に告げると、当然よと即座に返る。嗚呼もう、可愛いけど可愛くないなあ、我が婚約者は。




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