Dark.1:Page.6
そうして山の後半を駆け足で過ぎると、すぐに人々の賑わう声が聞こえてきた。がくがくと小刻みに震える足を何とか抑え、息も絶え絶えに歩き出す。
あんなにスピードを出して走る意味はあったのかと、自分自身で突っ込む。つい本気になってしまったようだ。
なのに、折角だからと理由になってない理由で勝負を持ちかけたあのカイトは、息を少し乱してはいたものの、至って平然としている。全くもって憎らしい。こちとらそんなに体力に自信がないと言うに、どうして下らない事を提案するのか。落ち付いて旅がしたいのに。
そんなニコルの思いを知ってか知らずか、カイトは子供のような笑みでこちらを見やり、「中々楽しかったな」と楽しそうに言ってのける。それがニコルの怒りを生み出すまでに、数秒はかからなかった。
「ふざけるな。あんな下らない事に僕を巻き込むんじゃない。うんざりだ」
顔を顰め(何時もそんな表情だが)、口を尖らせて棘々しく吐き捨てる。大体、余り激しく動き回りたくないのだ。必要以上に汗をかく事が嫌なのだ。
はっきりと二コルが不満を言うと、カイトはひらりとかわしつつもほんの少し、嬉しそうな顔色で言った。
「……でもお前、意外と本気出してたじゃねーか」
カイトはまたも自分の言葉で二コルの地雷を踏み、今度こそしょぼんと凹んだ。気難しい奴だ、とは言いたかったが抑えておいた。
向こうはまだまだ子供、こちらはもう大人なのだ。我慢、我慢。
そうして、傍から見るとコントのようなやり取りをしながら、街を進んでいく。宿屋を探し、一刻も早く休憩したい。
ふと、一段と熱気の漂う場所を見つけ、無意識にそこに視線を向ける。
そこは小動物を販売する店の様で、よく見ると店の前にずらりと集まっているのはどれも年若い女の子ばかりであった。知らず、二コルの顔は不機嫌なものになっていて。
「……気楽なものだな。あんなに五月蠅く騒いで」
自分とは何もかもが正反対に見える彼女達に、呆れたように物を言う。勿論、当の本人達には何も聞こえていない。
カイトが半ば驚いたように、そして密かに「五月蠅い」って……と突っ込みつつ、返答する。
「まぁ、そんなもんさ。何処の世界にも、平和な所とそうじゃない所があるんだよ」
苦笑気味にそう言ってみたが、二コルはぴくりとも反応を示さなかった。その代わりに、こんな言葉が返ってきた。
「……じゃあ、平和に生きてる人間とそうじゃない人間もいるんだな」
「え…………」
これには本気で吃驚した。その言葉を飲み込むのに、おおよそ数分はかかったろう。無表情で色が分からない程に暗い瞳から、ましてやそれを放ったのが子供であると尚更だ。
「え? ……あ、まぁ、そういうのは、人によって感じ方が違うだろうけど、なぁ」
思わず二回聞き返し、ぎこちなく口を動かす。まともな答えを返せただろうか。
唇を僅かに開き、自分でも理解が追い付かずに、だが何故自然とそう開いたのかは深く追究せず、二コルは瞳を伏せてそれ以上の会話を中断した。
「……さっさと行くぞ」
「あ、ああ……」
早く宿屋でのんびりしたい。気持ちを切り替え二コルは言ったと同時に歩き出した。
置いていかれそうになり、ちら、と二コルと女の子達を交互に一回見つめ、カイトはその場を後にした。
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――この世界は不平等だ。人間も、能力も、自然も、何もかも。それがこの世の常であると解っていても。
そしてそれは世界が消えて無くなる時まで、永遠に同じように繰り返されるのだろう。この大地に終わりが見えないように。
――下は上を見上げ、上は下を見ない。
一体幾つの人間が、あるいは他の何かが、何度そう思っては己の身を呪ったか。そして何度その苦悩に苛まれるのだろうか。
余りにも見上げすぎて首は痛いというのに、どうしてそれでも地上(うえ)に輝く光に目を奪われるのか。
(もう……沢山だ。あんな思いは)
二コルは瞳を伏せたまま、先に広がる地を見つめていた。
太陽が高々と、街に穏やかな光を惜し気もなく降り注いでいた。
Dark.1 End.