(馬鹿と天才 小ネタ集)

「子供が真っ黒に塗り潰された絵を描くとよく精神がどうだとか心が荒んでるだとか言う人がいるけれど、黒って本当にそんな下らない印象しか与えない色なのかしら」

 問答好きの彼女は今日三つめの議題を僕に投げ掛けた。休み時間の度にこれだ。

「そんなの個人差だよ。描く人に因ると思うけど」
「そうね、真っ黒な絵を描くのは子供だけじゃないし。つまりは、人が違えば印象も変わるのかしら」
「そりゃあ、そうなんじゃない」

 美術の授業はもう終わったのに、画材を片付けもせず彼女は一人腕を組んだ。
 一緒にいる僕にまで奇異な視線が向けられているのだが、彼女はそれらを容易く無視している。やはり天才と讃えられている故だろうか。

「それより、早く片付けなよ。僕も手伝うからさ」

 促すと渋々ながら彼女は立ち上がり、そこで視線も止んだ。僕はホッとして、当然のように彼女の画材に手を伸ばした。

(黒に対する彼女の見解)

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「はぁ……」
「溜息つくと幸せ逃げるわよ」
 何時ものようにヘマをして落ち込む僕に、笑いながら彼女は言った。て言うか、
「……君もそんな事言うんだね」
 意外だ。
「あら、天才がロマンチストじゃいけないかしら?」
「別にそう思ってないよ」
 自分で天才とかロマンチストとか言って嘲笑われないのは、きっと彼女くらいなものだろう。
「大体、僕は――」

(溜息ぐらいで出ていく幸せなんて要らない)

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「逃げましょう」
 そう言って彼女は泣いた。ように僕には見えた。
「もう嫌よ」
 どうして? 何が?
「無意味に頼られるのはうんざりだわ」
 ――天才と勝手にあだ名して、それに好き勝手に甘えてくる奴等。
「単純過ぎよ、皆」
 その“皆”に、僕は含まれているんだろうか。
「こんな事位自分ですれば良いのに」
 紫に光る魔力と陣を燻らせ、覇気のない瞳が伏せられる。
 その先には、死体。学院を襲った獣の成れの果てが、血塗れで転がっていた。
 彼女はその魔力の高さとコントロール力から生徒は勿論、教師からも一目置かれている。今回も当然のように、彼女は討伐役に任命されて。
「あの人だってまともに魔法を使えるのに、逃げてるんだわ」
 そう教師を評した彼女が魔法陣を消去し、覚束ない足どりで学院の外へ外へと向かうので僕は心配になって付いていく。これも、当然のように。
「見返りなしに汚れ役を引き受けたんだから、早退くらい許して貰わなきゃね」
 彼女は独り言のように、且つ僕に返答を求めるように囁いて、それきり言葉を紡がなかった。僕もそれに合わせて、声は掛けずにおいた。

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 昔はね、さぁこれから寝るぞって目を閉じたら、宇宙が見えたの。瞼の裏の小さな宇宙。私だけの世界。何時からか見えなくなって、それは私が変わったからなんだって気付いたら、凄く哀しくなった。
「可笑しいでしょ? 天才がこんな事言うなんて」
 僕は黙っていた。そんな事ないって此処で否定しても、彼女は僕に勝るとも劣らない諦めの良さで、やんわりと受け流してしまうから。
 でも、僕は知っている。君はそう言って、人が与えた呼び名に今日も怯えるんだって事を。
 僕と同じ、解った振りが得意な狡い人間だって事を。


(その存在が僕の救いだから、どうか君を虫けらだと嘲笑わないで)

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