(死際-08 奇妙な関係)

 私はその女を好いていたのかもしれません。
 私はその女を嫌っていたのかもしれません。
 でなければ、このような感情を抱かずにすんだのでしょう。
 私はあの女が奇妙で仕方ありませんでした。
 何故ならそれは、ほんの一片の考えすら私に見せなかったからです。
 判りやすい上辺の感情すら、綺麗に押し隠してしまうのです。
 簡単な喜怒哀楽すら、常に張り付いた紙の如く不自然であったのです。
 その癖我儘を言う口だけは流暢に動き回り、私を掌で転がすのです。
 私はそれが不思議で仕方ありませんでした。
 とても奇怪で恐ろしく、いっそ敬遠すべき対象でした。
 ですが、放っておけなかった。
 真っ黒い瞳は何処までも深く澄んでおり、ただそれだけが彼女の純粋でした。
 それだけの為に私は、彼女に振り回されようと決めたのです。
 その純粋が消えてしまわぬよう、密かに見守ろうと。
 もう一度申しましょう。
 私は彼女を愛していたのかもしれません。
 私は彼女を――その奇妙な女を――少なからず必要としていたのかもしれません。
 覇気のない生を貫いてきた私には、彼女は酷く新鮮でした。
 良い意味でも、悪い意味でも、彼女は私を利用して。
 そしてそれをも見通して利用する私。
 お互いに利用し尽くそうと考えていたのでしょう。
 愛、という目に見えぬそれは、何時の間にか私達の間をぐるりと取り囲み、やがて逃げ場を消していきました。
 離れる術を失ったのは、どちらもそうだったのでしょう。
 それなりの幸せというものを手にして、私は浮かれていたのです。
 奇妙奇天烈摩訶不思議。当初そう評した彼女に、今もそんな想いを抱きながら。
 嗚呼、あれは愛だったのでしょうか。
 あれは、幸せという形をしていたでしょうか。
 今はただ真っ暗で、澄み渡る双眸は何をも捉えず虚空を見遣り。
 私はそれを見下ろしている。
 
 私は女を憎んでいたのかもしれません。
 女は私を哀れんでいたのかもしれません。
 それはどちらも上から目線で、決して交わる事などありませんでした。
 そうして私達は――酷く奇妙な関係に――終わりを告げたのです。

 私は彼女を恐れていたのかもしれません。
 彼女は私を手放したくなかったのかもしれません。
 もう良いと突き放したのは確かにお互いであって、お互いに引き止めて欲しいと願っていた。
 あれは幻想だったのでしょうか?
 夢幻であったのでしょうか。
 今となっては、私ですら真実を知り得ません。
 感情は単純でした。ただ理性と、それを表現する言葉が見つからなかったのです。
 それだけでした。たった一度、たった一度の過ちでした。
 彼女は荒れ狂い、私をより強く振り回しました。
 やがて嵐は跡形もなく去りました。私の目の前はただ真っ青な空。
 滅茶苦茶にするだけして、奇妙に笑いながら私を嘲り罵りこき使う女は、そこには居ませんでした。
 何処に行ったのでしょう。一人ではろくに動けない彼女は、私が居なければ駄目だと戯言を零した日々を残して、全てを消してしまったのです。


死際-08 奇妙な関係
(そこにあった感情など)

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