(死際-04 魂を乞うる恋)

「その身は穢れを知らない。だから穢された。解りますか? 現状が」

 諭す言葉に柔らかな威圧を込め、そいつはぬけぬけと囁いた。

「煩い。どけ」
「それは出来ませんね」
「乗り移るぞ」
「えぇどうぞ」

 嗚呼、気色悪い。苛立ちを露に脅しても、笑っているのか真面目なのか判別し難い顔は変わらない。

「何故私にこだわる」
「答えなくとも十分お解りでしょう」

 平行線を辿るやり取りに終わりは来ない。ついでにこの体も重くて仕方がない。

「それは貴女に似合わない」
「はっ、貴様が駄目にしたんだろう」
「心外ですね。最善の方法だと言って貰いたい」
「勝手を吐かすな。どうしてくれる」
「解決策は目の前にあるでしょう」
「さぁ、私には何も見えんが」

 嗚呼、本当に気色が悪い。こいつも、体の重さも、取り巻く空気も。ちっとも私に合わない。

「悉く器を壊してくれるな。恨みでもあるのか」
「いいえ。ありませんよ、そんなもの」
「こだわりが過ぎると迷惑がかかる事を知らないのか」
「いいえ。知っていますとも、よぉくね」

 可愛げなど欠片もないのに、無駄に語を延ばして一体何を乞うと言うのか。

「もうそれから離れてはどうです。今までもそうして来たでしょう」
「貴様がしつこくなければ何度もせずに済んだ事だ」
「貴女が素直に受け入れないからこうなるのですよ」
「私が貴様に従う意味などない」
「……残念ですが、それはもうもたないようですよ」

 ――畜生、貴様の所為だろうが。叫んだ積もりだったが、唇を動かしても喉は震わない。声帯の反応がないのだと気付いた頃には、私はそれを真下に見ていた。

『……』

 あれ程美しかった体は今や何から何まで真っ赤になり、頭垂れて二度と動かない。
 もう何度これと同じ体験をしただろうか。見飽きた光景など数えるのも鬱陶しいが、それよりもまた器を探さねばならなくなった事が非常に厄介だった。――私を追い込んで何が楽しいんだ、こいつは。

「可哀相に。それが最後だったんですよ」
『貴様が謀った事だろう。白々しい』

 嘲笑う様子がまた憎らしさを増していく。悔しいが今の状態ではこいつに対抗出来ない。

「そのままの貴女も好きですが、僕としては……」
『黙れ。それと一緒に終焉を迎えた方がどんなにマシだったか。備わった危機回避能力も疎ましい』
「そんなつれない事を言わないで下さい。抑々僕は貴女を殺す気なんて端からないんですよ」

 厄介だという理由は、器がもうこの世にこいつしか居ない事だ。

『そこまでして私が欲しいか』
「えぇ、とても。貴女が生まれた頃からね」
『その執念を他に向けていれば良かったんだ』
「それは無理ですよ。貴女は僕の見付けた唯一の宝物。追い求めるのは自然でしょう」

 狂っている。捩が一本足りないなんてものじゃない。異常な奴だ。
 こいつが私を見付けてから、こいつが私の本来の器を消してから、気の遠くなる月日を過ごした。

「やっと貴女を手に入れられる……どれだけ待ち望んだか」
『いかれた思考はとうとう治らなかったな』
「酷いなぁ。僕は至って正常ですよ」
『どれだけの犠牲を強いたか分かってるのか』
「致し方ない事です。貴女と一つになれるなら、全て」

 さらりと言い放ち目を細めるこいつには、何も惜しむものはないらしい。
 最早私にとってより良い方へ打破する術はなかった。忌ま忌ましい事この上ないが、究極の手段に甘んじるしか道はなく、身の上を哀れんでも世界は変わらない。

『私もこれまでか……罰が当たったのかもな』

 後悔しても遅いが、今までの器には、申し訳ない事をしたな。もっと早く、大人しく従っていれば、此処まで酷い事にはならなかったかも知れない。
 だが、そう易々とこの魂を売り渡す事は出来なかった。そんな気にはならなかった。自己防衛もまた、私の中には強くあったから。それに――

「何と心地好い……恋い焦がれた貴女の魂が融けていく……もう逃がさない、永遠に」

 ――遅かれ早かれ、私を取り込めばこいつはきっと世界を滅ぼすだろうと確信していたからだ。

「ずっと欲しかった貴女の力……これで完璧だ」

 あれ程美しかった世界は私の目の前で無残にも消失し、傍観しか出来ない私は何度も何度も己の不運さを呪った。
 こんな力、要らなかった。私の為に役立った試しが欠片もない。それなのに、こいつは――。


死際-04 魂を乞うる恋
(世界の終わりを貴女と見つめ)

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