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「よう、洋」



 人気の少ない公園の傍で、買い物帰りだった洋の耳に若い男の声が飛び込んできた。洋は途端にハッとして、勢いよく後ろを振り返る。



「………聡明」

「そんな目は親に向けるもんじゃねーぞ?」



 クックッと笑った男は洋より若い、まだ成人もしていない青年だ。しかし、その口調と雰囲気は明らかに洋より老成されたものだった。

 洋の目がつり上がる。



「弥太郎に憑依して、何うろついてやがる」

「んー、散歩」



 弥太郎では有り得ぬ、ヘラヘラとした笑みで聡明は笑った。散歩、という何てことない理由を引き出されても、洋は用心深く聡明を睨みつけていた。と言うよりも、洋はあまり警戒以外の目を聡明に向ける事はない。



 昔は可愛かったんだけどなぁ



 もう十年以上前になる。桜が零れんばかりに咲き誇っていた時期、会いに行った洋と遥は特徴的な赤毛に白髪でかなり目立った兄弟だったが、親の欲目を引いてもかなり可愛らしかった。少なくとも洋は懐くような素振りを見せ、睨みつけてなどこなかったし、遥も遥で冷たくあしらうことなどなかった。

 自身にも常々身に沁みているが、月日と言うものは本当に恐ろしいと聡明は思う。



「何の用だ」

「散歩だって言ってんだろ。ぐーぜんだよ偶然」

「遥は何処だ?いっしょなのか?」

「んなわけねーだろ。あのモヤシは今日も今日で、家のソファで四六時中眠りこけてるぞ」



 聡明がそう言うと、初めて洋の顔が緩む。容易に想像が出来すぎるのだろう。



「ちゃんと布団被って、暖かくして寝てるかなぁ…」

「お前はアイツの母親?」

「親がいなかったもんでね」



 皮肉っぽく洋が言うと、聡明は顔を歪めると思いきや、聡明は片目を瞑って見せる。



「偶には父親っぽいことしてやろうか?ほーら、抱っこしてやるぞ」



 聡明は大仰に両手を広げるが、追い払うように手を振って拒絶した。



「今の自分の姿考えろよオッサン。弥太郎は俺よりも年下だぞ、シュールすぎるだろうが。

抱っこって歳でもねーよ」

「俺の息子、可愛くねー」

「俺の父親、ろくでもねー」



 軽口を叩き合って、洋は不覚にも笑い出しそうになった。聡明がテロリストでなく普通の父親だったら、と思いかけて想像する前に振り払う。この上なく無駄なことだと分っているからだ。

 バツが悪い思いで、洋は聡明に背を向けた。



「帰る。逮捕してやってもいーけど、今はそんな気分じゃない」

「何だよ洋、必ず俺を逮捕するんじゃなかったのか?」

「荻と助手達に昼飯作ってやる約束してるんだよ。若づくりの虫歯と相棒に可愛い助手二人なら、断然俺は後者を取る」



 そう言って、本当に洋はスタスタと歩き出してしまった。どうやら買い物袋の中身は、料理の食材だったらしい。聡明も聡明で、強く引きとめようとはしなかった。

 遠ざかっていく息子の背中を、わき目もふらずに見つめている。



 洋の相棒の、荻野の祖父である城島薫は、聡明の相棒とは言い切れなかった。



 俺に次こそ相棒になろう、という最後の言葉を残して死んだジョージ。

 何の迷いもなく相棒と信頼し合う、俺の息子とジョージの孫。



 これは希望とでもいうのか?それとも皮肉か?どっちにしろ、悪趣味なのに変わりはねぇ。



「おい洋!」

「何だよ」



 迷惑そうにしつつ、律儀に振り返った洋に聡明は苦笑を洩らした。しかしそれは一先ず置いておいて、軽い口調で洋に問いかける。



「俺は無理だったぞ!」

「はぁ?」

「相棒でも何でも、同類以外共有なんてできなかったぞ!」



 洋はふっと電気が消えるように表情を無くした。目を丸くさせて、随分子供っぽい顔つきになる。しかし、次の瞬間には洋はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。



「時代は進んでるんだぜ、オッサン」



 洋は心底愉快そうに言い放つ。



「俺にはできて、アンタにはできなかった。それだけのことだろ」



 ポカンッと珍しく呆然とした聡明を笑いながら、今度こそ洋は踵を返してその場を去る。帰りの道中、洋の足取りは軽かった。聡明に一矢報いてやった気分だ。



 いくら自己完結をして締めくくってみせても、全てが終わりピリオドが打たれることなんてないのだ。

  終止符なんてものが、打たれるわけもない。







(ピリオドを消し去れ、まだまだ続いている)

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