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call the name 6



普通ここはマタタビじゃないだろうか。
そんなことを考えつつ、久しぶりの人間の体を確かめる。屈伸のちジャンプ、軽く走ってストップ。それから、スッと息を吸った。

「……ねえ」

いつもの鳴き声を発して、喉の調子を確かめ、んん゙っと咳払い。

「…アメンボ赤いなあいうえお、浮き藻に小エビも泳いでる!」

中学生の時に知った滑舌練習の一部を発声する。それを選んだ理由は特にない。パッと頭に浮かんだのがそれだったのだ。
そして、そこまでしてようやく、もとの体に戻ったことを実感した。

「私、人間になってる…!」

今までエネコとして生活していたため、体の感覚など多少の違和感は拭いきれないが、喜びは抑えられない。胸の前に持ってきた両手を、ぐっぱぐっぱと握る。
エネコからの擬人化とはいえ、髪の毛も目線の高さも、何もかもが転生以前の姿と同じだった。顔はまだ確かめられないため分からないけれど、触った感じ、小顔になった様子はなさそうだった。残念。
下を向くと、ピンクの上着とクリーム色のワンピースが目に映った。かわいらしいデザインで、エネコっぽい感じの色合いである。私の容姿にこの服はちょっと似合わないんじゃないかと思ったが、全裸の可能性もなくはなかったことを考えると、とりあえずは服ならなんでもいいやと妥協した。
状況判断ができたところで、まずは迷子札の首輪を外す。擬人化した際に共にサイズ変更をしてくれなかったらしく、首を締め付けていたのだ。
持っているのも何なので、ポケットに突っ込む。浅めなポケットだけど、まあ大丈夫だろう。
――さて、これからどうしようか。あごに手を当てて、ふむ、と考える。森にいるのもいいが、せっかく人の姿になったのだから、町に行ってみるのもいいかもしれない。うん、そうしよう。
そうと決まれば、とカナズミシティの方に足を向けた。いつも通る道を戻るだけなんだけれど、目線が違うと景色が全然違って見えるため、少しだけ迷ってしまいそうになった。
てくてくと歩を進め、カナズミシティに到着。人通りがなかなかなのを何となく認識したところで、はたと気がつく。街中で、突然戻ったら困るよね…。
黙々と歩んでいた足をぴたりと止めて、その場で考え込む。
やっぱり街のはずれでおとなしくしていた方がいいだろうか。いつ擬人化がとけるか分からないし、どうやったら戻るのかとか何も知らない。ふとした拍子に戻ってしまって、人にそれを見られたらおしまいだ。
いつエネコに戻るか分からない危険性を考えていると、こぽり、別の不安がわき上がってくる。
……それとも、逆にこのままエネコに戻らずに、人間のままだったらどうしよう。
エネコにならないと、あの屋敷に戻れない。アリスのところに帰れないということは、衣食住すべてを一度に失うということ。お金を持ってない私は、自分の力で生きていくことができない。のんきに街をぶらぶらして人間の姿を楽しむより、もとの姿に戻る方法を探した方が賢明なのだろうか。いや、そもそもこっちが本当の姿だから、もとの姿という言い方は少し変なんだけれど。うーん、ややこしいな……。

久しぶりに人間の姿に戻れたと浮かれていたが、へらへらと喜んでいる場合ではないのかもしれない。






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