※映画「水の都の守り神」ラティアス成り代わり



もともと水の都という名の観光地として有名であるが、一際人口密度が増している今日。
私は街中を脈のように走っている水路の上を、羽音もなく飛んでいく。観客があちこちに大勢いるが、景色と同化した私が飛んでいることに気付くはずもない。眼下では、アルトマーレの大会が開催中だ。
――この時をどれほど待ち望んでいたことか。
お兄ちゃんであるラティオスと一緒に街中を飛び回りながら、辺りに目を配った。
選手達は各水ポケモンに先導されて、水上を滑って行く。そのうちのひとつに、目当てのものを見つけて、思わず笑いがこぼれた。

ふふっ、みーっけ!

いきなり進路変更をして、定めた目標に向かって飛んで行く私の後ろで、お兄ちゃんがため息をついた。それを知らない振りして、ワニノコに先導されている、ピカチュウを連れた男の子のもとへ滑るように飛んだ。全身から喜びが溢れ出し、途中で思わずくるりと宙返り。加えて、水中に飛び込んで遊泳したのち、勢いよく飛び出して大きな水柱を立てた。突然立った水柱に、人々は驚いている。普段なら人目につかないように行動しないといけないけれど、今はそれも気にならないくらいの高揚感でいっぱいだ。
ふわふわと浮かれた飛び方をしながら、とうとう男の子に近づいた。ギリギリ、それも彼の頬に私の顔先が触れそうなくらいまで接近し、ぴゅっと離れてほんのり赤く染まった頬を手で押さえ、ひとりだらしなくにこにことにやける。それからぐるりと周りを飛んで、その容姿を目に刻みつけた。
そして、懸命に泳いで主人を引っ張るワニノコに近づき、後ろからそっと抱きかかえる。ワニノコは何が起こったのかと目を白黒させた。が、すぐにこの状況を楽しみ始めたらしく、足をばたつかせてニコニコしている。知っていたけれど、大物だねえ、君は。

さあ、行くよ!

ぐいっと力任せに引っ張れば、とたんにぐんと増すスピード。男の子は突然増した速度に驚いていたが、「すごいぞワニノコ!」と歓喜しながら声をあげた。これも知っていたけれど、とんだ鈍ちんだね、君は。お姉さんびっくりだよ。
思わず笑ってしまいながらボートを引っ張っていると、後ろからお兄ちゃんが追い掛けてきた。

あ!お兄ちゃん、このボートをすっごく速く走らせたいの!手伝って!

そう言えば、呆れたようにため息をつきながらも、お兄ちゃんはボートからワニノコにつながれたロープを掴んだ。いつも自由奔放にやっているが、お兄ちゃんは私に甘く、大抵のことは許してくれる。まあ、あとで必ず小言をもらうんだけど。
あとで説教だよ、という視線をチラ、とこっちにやって、ラティオスがロープを引っ張った。水柱を立てちゃったしこういうこともしてるしで、いつもより長いお小言になるのは確実だ。でも、今日は仕方ない。今この時から始まる出会いは、絶対に見逃してはいけない、私にとってこの先一番大事な出来事なのだ。
お兄ちゃんが引っ張ったのに便乗して、軽くなったロープをさらに引っ張る。尋常じゃないスピードで水上を走るボートは、次々と他のボートを追い抜き、トップに躍り出た。男の子は懸命にロープにしがみつき、ピカチュウは振り落とされないように必死だ。
その様子に忍び笑いをしつつ、お兄ちゃんを見れば、同じくこっちを見ていた彼は頷いた。
…優勝させてあげたいけど、それはさすがに目立ちすぎるから、ね。
トップスピードのまま、お兄ちゃんと息をあわせて進路を変え、コースを外れる。いきなりのことに男の子は声をあげ、実況の人は驚きの声を発した。そのままぐいぐい進んで、迷路のように入り組んだ水路の角をひとつ曲がったところで、ボートが耐えきれなかったらしく、水上を離れて勢いよく地面に乗り上げた。ワニノコがロープに引っ張られないようにと私達も止まって、ボートから投げ出された男の子のそばに降ろした。体を地面で打って痛そうにしている男の子の近くに寄って、大丈夫?スピード出しすぎちゃってごめんね、と心の中で謝る。
行くよ、と声をかけられて振り返ると、お兄ちゃんは早くも、少し先まで行ってしまっていた。彼にとっては私の遊びに付き合っただけであり、男の子に対する罪悪感なんてものはないらしい。ちょっぴり薄情だなあと思いながらも、うなずいて返す。それからもう一度、男の子を見た。
名残惜しさを断ち切るように顔を背けて、お兄ちゃんのあとを追い掛ける。ここで別れても、またすぐに会えるからと自分に言い聞かせながら。その顔には、子供のようにわくわくとした笑みが浮かんでいた。

また後でね、サトシ。






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